
計量で顔を合わせた両者。身長差も10cmと体格差は歴然。デラ・ホーヤは減量、パッキャオは増量で挑んだ異例の一戦。
デラ・ホーヤ時代が終わった――。
ボクシングの本場・ラスベガスは稀代のスターボクサーの無残な姿にブーイングを送った。
非難の声を浴びせられたデラ・ホーヤは逃げるようにリングから立ち去った。
12月7日(現地時間6日)、オスカー・デラ・ホーヤがアジア人初の4階級制覇王者のマニー・パッキャオに敗れた。
デラ・ホーヤにとって今回の敗北は、あまりにも大きい。
「世界最高の“パウンド・フォー・パウンド”ファイターを倒すことは、重要なことだ」と意気込み仕掛けた今年最大のビッグマッチは、さまざまな反響を呼んだ。体重差を度外視したマッチメイクに“世紀のミスマッチ”と揶揄されもした。
デラ・ホーヤだからこそ実現できたパッキャオ戦は、デラ・ホーヤのための試合でもあった。
しかし元6階級制覇王者は、なす術もなくパッキャオのパンチを浴び続けた。
反撃の糸口を見せようともしない。
リング上を重い足取りで回り、空を切るパンチを繰り出すだけのロートルだった。
その無様な姿がブーイングを起こさせた。
戦前はデラ・ホーヤ圧勝との声が大多数を占めた。関心はKOラウンド予想にうつっていた。
ファンや関係者は、かつての栄光が続いていると信じていた。無理もない。
昨年は、フロイド・メイウェザーとのメガファイトで僅差の判定で敗れたものの天才ボクサーに肉薄する闘いを演じた。
ゴールデンボーイは錆付いていないかのようだった……。
無数のフラッシュが会場を照らすなか、ゴングは鳴った。
「オスカー」コール、「マニー」コールが大音量で響きわたる。
開始早々、パッキャオのノーモーションからの左がデラ・ホーヤの顔面にヒットすると、今度は「悲鳴」と「歓声」が同時に沸きあがる。
異様な雰囲気が場内を支配するなか最初の3分間は過ぎていった。
2回に入ると、フィリピンの英雄が加速する。
世界中のボクシングファンを虜にする左ストレートが、おもしろいようにデラ・ホーヤの顔面を何度も捕らえる。
一方のデラ・ホーヤは体格差を活かして強引につめ寄るが、パッキャオの俊敏な動きの前についていけない。
2回終了後、印象的な表情が、場内のオーロラ・ビジョンに映し出された。
コーナーに戻ったデラ・ホーヤが茫然とした表情を浮かべていたのだ。
4回以降はパッキャオのひとり舞台となった。
素早い踏み込みで得意の左ストレートを顔面に叩き込み、効果的なボディ攻撃でデラ・ホーヤのスタミナを奪っていく。
そして、回を追うごとにデラ・ホーヤの左目周辺は、大きく腫れあがりスーパースターの面影が消え失せた。
戦前の予想は完全に裏切られた。
あれだけ聞こえた「オスカー」コールも影を潜め、「マニー」コールが何度も何度も鳴り響いた。
パッキャオの左が痛打するたびに聞こえたデラ・ホーヤファンの「悲鳴」は、諦めの「歓声」にかわっていった。
MGMグランドガーデンにつめかけた16000人の観衆は、ゴールデンボーイの凋落を目撃していた。
7回、パッキャオは怒涛のラッシュを見せる。
ロープやコーナーに追い込んでパンチを浴びせ、デラ・ホーヤを棒立ちにさせた。
ジャッジ3人全員が10−8をつけるほどの一方的なラウンドとなった。
仕上げは、8回終了間際の16連打だ。
ボディ攻撃で、デラ・ホーヤの足元が浮き上がるほどの強打をぶち込み、息の根を止めた。
ボクシング界初の6階級制覇を成し遂げたプライドだけが、デラ・ホーヤをリングに立たせているかのようだった。
場内が騒然とするなか、35歳になったゴールデンボーイはコーナーに戻った。
デラ・ホーヤ陣営は敗北を認めるしかなかった。
9回開始前、デラ・ホーヤが勝者を称えるためにパッキャオに歩み寄ったとき、試合終了のゴングが鳴らされた。

アジアから世界の英雄へと登り詰めたマニー・パッキャオ。今年8月の北京五輪では、フィリピンの英雄として選手団の旗手を務めた。初の世界王座獲得は98年12月WBCフライ級(50.8キロ)。現在の同王者は日本人の内藤大助。
世紀のドリームマッチは世紀の大番狂わせとなった。
デラ・ホーヤ神話を信じていた観客は、リング上でインタビューを受けるゴールデンボーイに一斉にブーイングした。
ファンを失望させた責任は大きい。そればかりではない。
デラ・ホーヤは汚点も残した。
ウェイト制のボクシングで体格で下回るパッキャオに奇跡の勝利を与えてしまった。
もはや、リングに上がるべきではないだろう。
さらにパッキャオ戦でのデラ・ホーヤはファイターとしての勇気さえも持っていなかった。
ゴールデンボーイ時代は確実に終わったのだ。
パッキャオは「オスカーは私の憧れのボクサーです。いまでもオスカーは私の憧れです」と試合後に声をかけると、デラ・ホーヤに「今日からは、その逆だよ」とスーパースターのバトンを託された。
パッキャオ時代が始まった――。
(終)
[08/12/10]
[08/11.26]
[08/11.12]
『08’アスリートの引き際』 黒井克行[08/12/24] 『レブロン・ジェームス 「選ばれし者」から「史上最高の男」へ』 杉浦大介[08/12/24] 短期集中連載『遥かなるクーパースタウン』(中) 松下茂典[08/12/24]
『有馬記念 マツリダゴッホと蛯名正義』 鈴木 亨[08/12/24] 『スポーツ余話 俊輔カレンダー』 田 誠[08/12/24] 短期集中連載『だからオリンピックはやめられない ロンドン五輪へ向けた体制』 松原孝臣[08/12/24]
『やっとつかんだ夢の舞台―拓殖大学、4年ぶりの箱根路』 矢沢彰吾[08/12/24]
アスリート列伝 凄い奴がいた 第6回『球界のリーダー・宮本慎也』 石山建一[08/12/24] 六さんの一刀両断! 第6回『「侍ジャパン」と「七人の侍」』 六車 護[08/12/24] 松井秀喜のニューヨーク物語 第6回『お正月』 松下茂典[08/12/24]
勝手に日本サッカー強化委員会 第5回『ガンバ大阪の“善戦”に思う「ショーよりも勝負を!」』 熊崎 敬[08/12/24] クラシック音楽のアスリートたち 第3回『ソ連サッカーとショスタコーヴィチ』 富樫鉄火[08/12/24] 指導者の系譜 第2回『山下智茂 花よりも花を咲かせる土になれ』 松下茂典[08/12/24]