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日本スキージャンプのパイオニア 山田いずみの挑戦

アスリートバンク サイト管理者 (2009年1月14日 11:00)

女子スキージャンプ 山田いずみ日本の女子ジャンプ界のパイオニア、山田いずみ。オリンピックでの飛行なるか。

チェンジ

年が明けて早々、飲み会があって新宿歌舞伎町に行った。店をはしごして日付けが変わった頃に解散となった。そのままコンビニエンスストアに入ると、「私はチェンジする!」と叫んでいる一人の若い女性がいた。酔っていたのかもしれない。でも楽しそうで、見ていて微笑ましかった。

とともに、1月20日にアメリカ第44代大統領に就任するバラク・オバマの掲げたキャッチフレーズは、日本でもインパクトがあったのだな、と実感させられた。自らをチェンジしたいと思う人、取り巻く環境のチェンジを望む人......。

スポーツ界にもチェンジを望む人たちがいる。例えば、スキー・ジャンプの女子の選手たちである。

女子ジャンプは、今年2月の世界選手権で、初めて採用されることになった。長い間、世界選手権、さらにオリンピックでの採用を選手や関係者は待ち望んでいた。そして正式種目化が検討されては消え、噂となって流れて、ようやくの実現である。

世界選手権は2月20日に行なわれる。大会の代表メンバーを決めるために、国内で昨年の12月から、年が明けて1月9日のSTV杯まで、7つの選考対象大会を重ねてきた。その結果を受けて、1回目の世界選手権代表は、今月下旬には発表される予定だ。

選考対象大会のうち、いくつかを実際に観ることができたが、ジャンプ台へと上るリフトでの思いつめた表情を浮かべる選手、失敗ジャンプに天を仰ぐ選手、それぞれに世界選手権に向けての決意が表れていた。

パイオニア

世界選手権の正式種目採用は、女子ジャンプの今後に向けて第一歩を刻んだといえるが、それでも選手たちの希望は、オリンピックでの実施だろう。

とりわけ、山田いずみにとってはそうかもしれない。彼女は、日本の女子ジャンプ界のパイオニアと呼んでよい選手である。

山田は小学1年生のときに、初めてジャンプを飛んだ。数mの距離に過ぎなかったが、「ふわふわと飛んだ感じがして楽しかった」のを覚えているという。

以来、30歳となった今日まで、日本の女子ジャンプを牽引してきた存在だ。山田以前にも、ジャンプを飛んだ女性がいたことは、記録は残されている。それでも、山田の経歴をたどれば、パイオニアと呼んでふさわしいことが分かる。

小学生でジャンプを始めた山田は、中学1年でノーマルヒルを飛び、高校2年でラージヒルを飛んだ。いずれも、日本の女子では初めてのことだった。

その後も、1999年2月、国際スキー連盟が創設した女子の国際大会に最初の日本代表として、葛西賀子とともに出場するなど、常に第一線で活躍してきた。今では、国際大会の中で最年長選手である。

こう書いてしまえば粛々と選手生活を過ごしてきたように思える。だが、苦労は小さくはなかった。

山田が飛び始めたのは、女子のジャンプなど、考えにくかった時代である。そもそも、大会に参加することがままならなかった。中学時代は、札幌市内の大会には出場できても、北海道や全国レベルとなると、出場の道が開けてはいなかった。

それは女子選手として活動を続けるルートもなかったことを意味する。どの高校に進学すれば、どの大学に進学すれば競技を続けられるのか。そして社会人になってどのように競技を続けるか。どのように練習をすればよいのか、その環境は。それぞれにおいて、スムーズであったということはない。

山田の前に、先人はいなかった。つまりは山田自ら、道を切り開かなければならなかったのである。

失業保険でやりくりしたこともある。遠征費用を自らまかなわなければならないことだってあった。それでも、競技を続けてきた。

オリンピックで

山田の行動によって、大会に参加する道が徐々に広がり、現在では女子のみの大会も開かれるようになった。ジャンプの大会に行くと、ジュニアの選手の数も、かつてとはさまがわりして増えたことがわかる。

それにともなって、世界的にも競技人口が増え、国際大会が始まった。02年のソルトレイクシティ・オリンピックの頃からは、採用されるという話が飛び交うようになった。飛び交っては消え、そして今回、ようやく世界選手権で採用となったのである。
 
それについて、山田はこんなことを言って笑ったことがあった。

「オリンピックや世界選手権に採用される、という話は何度も聞いてきて、でも結局採用されずにきました。もう信用できなくなりましたね」

それに以前ほど、「オリンピックでぜひ」という言葉も口にしなくなった印象がある。
山田自身は、今回、世界選手権採用という形で前進したことに手ごたえを感じているのかもしれない。それは、こんな意見にも通じるのかもしれない。

「ものごとには順序がある。まずはひとつ進んだだけで十分だ」

こんな意見もある。

「オリンピックでやるほど世界的に競技は成熟しているのか」

けれど思う。

山田をはじめとする、選手たちや関係者の競技に打ち込む姿勢、活動は、現在、オリンピックの種目として行われている競技の選手たちに、決してひけをとらない。

だからこそ、オリンピックで飛ぶ姿を見たい、飛んでほしいと思う。

来年のバンクーバー大会での正式採用は見送られた。それに対し、昨年、アメリカの選手たちが、「採用されないのはおかしい」とアピールした。それが実る可能性は高いとはいえない。

それでも女子ジャンプで「チェンジ」、状況が変わるさまをみてみたい、そんな気がする。

(終)

WRITER

松原孝臣
1967年、東京都生まれ。早稲田大学を卒業後、フリーライターとして活動。1998年から「Sports Graphic Number」編集部に勤め、今年独立し再びフリーに。夏季・冬季両方の五輪種目を中心に取材活動を行なう。著書に『高齢者は社会資源だ』がある。

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