短期集中連載『遥かなるクーパースタウン(下)』
(2009年1月14日 10:16)
<ダブルディ・フィールド>
野球殿堂を訪ねた日、宿泊したホテルは、1802年につくられた赤煉瓦の
建物で、クーパースタウンのランドマークともいうべき「ターニクリフ・イン」
だった。
フロントの男はすこぶる愛想が良かったが、建物が恐ろしく古いせいだろう
、部屋が傾いていた。成田空港の免税店で買い、バッグに忍ばせていたジョニ黒
のポケット瓶を取り出し、一気飲みすると、長い1日の疲れがどっと出て、ベッ
ドに倒れ込んだ。
朝、あまりの寒さで目を覚まし、カーテンを開けると、いつのまに雪が降っ
たのか、一面の銀世界だった。ダイニングルームで、熱いコーヒーを啜り、ポテ
トとベーコンを胃に詰め込み、外に出た。
新雪に足を取られながら、メインストリートを西に50メートルほど行くと
、「ダブルデイ・フィールド」が見えた。1839年、「ベースボール」が初め
て行われたとされる球場である。入口には『Birthplace of Ba
seball(野球生誕の地)』と書かれていたが、グラウンドが雪に閉ざされ
ているせいか、違和感を覚えた。
(ここが本当に野球発祥の地なのか)
球場をぐるりと一周し、ホテルに戻ると、インターネットで「ダブルデイ・
フィールド」をチェックした。しかし、いくら調べても、核心的な話が出てこな
かった。「ダブルデイ・フィールド」は、アブナー・ダブルデイ将軍という南北
戦争の英雄から名付けられたものとわかったが、肝心の野球との結びつきが希薄
であった。
「ダブルデイ・フィールド」は、南北戦争の英雄、アブナー・ダブルデイ将軍の名から付けられた。
<野球発祥の地の真相>
結論が先になるが、帰国後、関係図書を片っ端から渉猟したが、ダブルデイ
がこの地で野球を始めたという確証はなかった。
整理すると、こうだ。
1905年、スポーツ用品メーカー「スポルディング」の創始者アルバート
・スポルディングが、「野球起源調査委員会」の設置を提案。元州知事など、7
人からなる「ミルズ委員会」が発足し、2年後、調査結果が発表された。要旨は
次の2点。
一、ベースボールはアメリカ合衆国に起源をおく。
一、ベースボールは証拠に基づき、1839年、ニューヨーク州クーパース
タウンにおいて、アブナー・ダブルデイによって考案された。
その証拠というのが、コロラド州デンバーに住む80歳を過ぎた老人、アブ
ナー・グレーブスの証言であった。
「1839年のある日、(クーパースタウンの)オッツェゴ学院とグリーン・
セレクト校との間でタウンボール(ベースボールの前身)の試合が行われた。そ
のとき、セレクト校のダブルディは、タウンボールの従来のルールを改め、出場
選手数を制限。4つの塁を定め、それを『ベースボール』と呼んだ。」
グレーブスは証拠品として、ダブルデイと交わした書簡、当時使用したとい
うボールまで提出したが、のちに矛盾が噴出した。
初めて「ベースボール」を行ったとされる1839年、ダブルデイはクーパ
ースタウンにおらず、ウエスト・ポイントの陸軍士官学校にいたこと。さらに、
ダブルデイは詳細な日記を残しているが、「ベースボール」という言葉が1回も
登場しないことなどである。
しかしながら、野球をビッグビジネスにしようとする関係者たちは、193
9年、「ベースボール100年祭」と称し、クーパースタウンに野球殿堂を建立
。合衆国政府は、記念切手を発売し、お墨付きを与えた。
アメリカ国民に誇りを持たせるため、「ベースボール」をアメリカ固有のス
ポーツにし、ダブルデイという南北戦争の英雄を祭り上げ、クーパースタウンを
野球発祥の地と定めたというのが、大方の野球史家の見方である。
今日、〝近代野球の父〟は、アレクサンダー・カートライトというニューヨ
ーク市でボランティア消防団を束ねた人物ということになっているが、ルールを
作った当人より、南北戦争の英雄を祭り上げたところに、政治の国アメリカを見
る思いがする。
<愛しきクーパースタウン>
再びホテルを出て、野球グッズの店が軒を連ねるクーパースタウンのメイン
ストリートを歩いた。カードを主に扱う店、ポスター中心の店など、一軒ずつ見
て回ったが、店員たちはみんな笑顔で迎えてくれた。
翌朝、マンハッタン行きのバスに乗ると、来たときと同じ運転手だった。顔
がロシア元大統領のボリス・エリツィンに似ていた。
「金曜日に乗ったやつだな。楽しかったかい?」
そういって、にやりと笑った。
クーパースタウンの人たちは、例外なく親切だった。ここが本当の野球発祥
の地でないにしても、彼らが野球を心底愛し、守り育ててきたことには疑問の余
地がなかった。そういう意味で、クーパースタウンは、やはり野球発祥の地なの
かもしれない。
(終)
WRITER
- 松下茂典
- ノンフィクションライター。石川県金沢市出身。明治大学卒。主な著書に『松井秀喜・55の言葉』(東京書籍)、『神様が創った試合』(ベースボール・マガジン社)などがある。
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