三流騎手が一流調教師になった日
(2009年1月14日 10:15)
<愛すべき男>
昨年の12月20日。その日、私は中山競馬場にいた。メーンレースを終えたジョッキーを取材するため、検量室中を駆け回っていた。が、このときに限っては思うように仕事が進まない。それもそのはず、検量室に引き揚げてきたジョッキーのほとんどが、他場のレースモニターにくぎ付けになっていたのだ。
「差せ、差せっ よっしゃぁ~」
決して広いとは言えない検量室中に、ドッと歓喜の声が沸き上がった。モニターに映っていたのは、中京競馬場でおこなわれているGⅢ・愛知杯のゴール前の攻防。GⅠが行われる中山競馬とは違い、暮れの中京競馬は注目度が低い。その〝裏競馬〟で、1頭の牝馬がビッグサプライズをもたらした。
18頭中、16番人気の低評価に甘んじていたセラフィックロンプが、正攻法の競馬で歴戦の強豪をいとも簡単にねじ伏せたのだ。管理する武藤善則調教師は、開業5年目にして悲願の初重賞制覇。鞍上の宮崎北斗騎手にいたっては、デビュー2年目にして重賞初騎乗での快挙だった。
裏の中京競馬場、しかも重賞の中でもっともグレードの低いレースに、こんなにも大勢から祝福されるのは、ひとえに武藤善則という男の人柄にある。
「とにかく人と接することが好きなんでね。騎手としては二流、いや、三流だったのかもしれないけど、調教師としては一流だと思ってやっているんだ」
野球の世界に『名選手、名監督にあらず』という言葉があるが、競馬の世界でもそれは同じで、『名騎手、名調教師にあらず』なのだ。
<乗れない騎手>
武藤の騎手時代の成績は、2865戦154勝、重賞1勝。失礼ではあるが、武豊の3171勝(1月6日現在)と比較すると、足もとにも及ばない。決して胸を張れる数字ではない。
「確かに、乗れない騎手だったよ。競馬学校の時からそうだったもんなぁ」
82年、競馬学校の第一期生として入学。同期には柴田善臣、石橋守といった、現在でも第一線で活躍している騎手がいる。つねに〝落ちこぼれ〟のレッテルを貼られていた武藤だが、彼と同格の人間がもう一人いた。岩戸孝樹。彼の存在が、競馬を続けていく糧となっていた。
「間違いなく岩戸よりは上手に乗れると思っていたら、あいつもオレと同じことを思っていたみたい(笑)。競馬学校の規律があまりにも厳しすぎて、何度か二人でやめようかと話をしたこともあるんだ。まあ、いまでは腐れ縁の仲かな。お互い調教師となったいまでも、ちょっとは意識するからね」
余談だが、岩戸も現在は調教師の道を歩んでおり、毎年、立派な成績を収めている。
<調教師で開花>
86年に騎手デビュー。毎年コンスタントに勝ち星は挙げるものの、一流騎手へのハードルは高すぎた。人柄が良く、努力をしても、生まれ持った〝騎乗センス〟には限界がある。
「このままでも最低限の生活は送れる」
平凡な騎手生活を送る中、結婚という転機を迎えることになる。そこで彼の何かが変わった。
「責任感かな。いまで言う〝できちゃった婚〟だったから余計だよ。娘に物心がついてからはよく競馬中継をテレビで見ていてね。家に帰ってくると『どうして、いつもパパは途中で画面から消えちゃうの?』と言われた時はつらかったなぁ...。それに、ちょうどその頃から騎手の世界では二極化が進んでいてね。乗れない騎手は、1週間に騎乗ゼロなんてざらだったから」
生産、育成、調教、競走。競馬ほどいろいろな人の手がかかっているスポーツは類を見ない。武藤は調教の道を選んだ。死にものぐるいで勉強し、5回目にしてようやく調教師試験を合格。03年、晴れて『武藤厩舎』として新たなスタートを切った。
ここで彼の埋もれていた才能が開花する。方々から悪い噂を耳にしたことがなく、馬主からも絶対的な信用を得ている。開業当初から着実に勝ち星を積み重ね、5年間のトータル82勝は、弱者が淘汰されるいまの厳しい競馬界にあっては堂々たる成績である。
「決して天狗にはならないこと。そして一番大事なのはスタッフとの信頼関係。ミーティングでは、老若男女関係なく、面と向かってお互いに言いたいことを言い合うんだ。いまでは調教は助手、厩務員にほとんど任せて、オレは牧場に行っていい馬を集めてくる。やるべきことを、一歩一歩、確実に進んでいるだけだよ」
<宮崎北斗騎手>
中舘英二、柴田善臣、江田照男と、歴戦のジョッキーらも、精力的に武藤厩舎の調教を手伝っている。なかでも、最近のお気に入りは宮崎北斗である。若手騎手では、天才・三浦皇成だけがスポットを浴びているが、彼も07年度の新人賞を受賞した若手のホープ。
人当たりの良い性格と、負けん気の強さは三浦にヒケを取らない。
「先生(武藤)にはお世話になりっぱなしだったので、暮れ(重賞制覇)にようやく恩返しができました」
09年度も、宮崎騎乗のコウヨウアイリーンで好スタートを切った。今年はお互いに飛躍の年になることは間違いないだろう。私も担当記者として可愛がっていただいている立場。一ファンとして応援していきたい。
(終)
WRITER
- 鈴木亨
- 1972年3月14日、北海道札幌市生まれ。幼少時は札幌競馬場近くの八軒で育ち、競馬に触れる。高校時代はレスリング部に所属。大学入学を機に上京。90年の日本ダービーで、アイネスフウジンの“ナカノコール”に衝撃を受け、本格的に競馬にのめり込む。大学卒業後は海外を放浪。98年、サンケイスポーツにアルバイトとして入社。サンスポ編集部を経て競馬エイトへ。02年、トラックマンデビューしていまに至る。現場では想定班を担当。
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