『08'アスリートの引き際』
(2008年12月24日 18:33)
アスリートに定年はない。
年齢によって活動が規定されている競技もあるが、スポーツを続けることに規制はない。納得のゆくまで彼らは汗を流し続ける。それが一流といわれるアスリートの所以だ。
しかし、彼らにもやがて引き際はやってくる。かつての高いモチベーションを維持できず、今年も心身の限界やパフォーマンスの低下を理由に去っていったアスリートは少なくない。
完全燃焼した清原和博
08年10月1日、京セラドーム。
力一杯のフルスイングが空を切った。遠目に見ていてもバットとボールが離れているのがわかる。しかし、超満員のスタンドからは拍手とともに大歓声が沸き起こった。感謝の檄がグラウンド内に降り注ぎ、涙する者までいる。
数々の栄光の陰でドラフト、トレードと辛酸も嘗め、恨み節にもまみれた清原だが、引退式で故・仰木監督への感謝の言葉は心を打つものだった。
清原和博、プロ最後のバッターボックスだった。清原はヘルメットをとり、深々と頭を下げた。相手選手、詰めかけたファン、グラウンド、そして野球そのものへの感謝の気持ちだった。
プロ23年間の通算成績は2332試合に出場し、打率272、525HR、そして2121安打で名球会入りも果した。意外にもタイトルには恵まれなかったが、死球と三振、サヨナラホームランの数は最高記録だった。"清原らしい"といえばいいのか。彼のプレーは実にエキサイティングで、数々の記憶が甦ってくる。
昨年7月、清原は左膝軟骨除去手術をしたが、過去、日米を問わず、この手術後にグラウンドに帰ってきた者はいない。清原は帰ってきた。しかし、肉体は満身創痍で全力疾走などとても無理だ。一打席、いや一球ごとに清原の残りわずかとなった野球人生の灯が徐々に落ちていく。それでも心の炎だけは絶やすことなく、残された最後の力を振り絞った。
プロ最後の打席となった8回裏、カウント2-2からソフトバンク・杉内が投げた内角高めの138キロのストレートだった。彼の野球人生そのものが凝縮された豪快な空振りが、完全燃焼を告げた。
金メダリストの引き際
引き際にはいくつかのタイプがある。
アスリートの場合、ほとんどが完全燃焼型で、誰もがそれを望み目指す。「グラウンドで(リングで、畳みで)死ねたら本望だ」という言葉がそれを物語っている。劇画『あしたのジョー』の世界ではないが、"真っ白と灰になるまで"が、アスリートの本懐といってもいいのかもしれない。清原はまさにその恰好の例だった
だが、北京五輪で金メダルに輝いた柔道の石井慧は違った。さらなる進化を期待され、次のロンドンでも金を十分に狙える逸材だったが、早々に畳から去ってしまった。総合格闘家への転身だった。このような引き際もある。
同じ金メダリストでも、今年、印象的だったのは水泳の柴田亜衣だ。04年アテネ五輪で日本の女子で初めて自由形(800メートル)で金メダルに輝いた。その実績から大いに期待された北京五輪では400、800メートルともに予選で姿を消した。
アテネ以後、悩まされ続けた腰痛が影響したかもしれないが、引退会見で柴田は、
「こんなにも金メダルが重いものとは......。結果を気にするようになった......」
絞り出すように、涙を浮かべて語った。また、北京でのレースを「心残り」と言った。
最高の栄光を手にしたものの、その栄光に翻弄され、本来の自分を見失い、皮肉にもその栄光が引き際を早めてしまったのか。
しかし、引退発表後、金メダルの呪縛から解き放たれたのか、柴田にかつての清々しい表情が戻った気がする。今後は水泳の普及に力を注ぐという。一流アスリートの看板を下ろしても人生は続き、以後のほうが圧倒的に長く厳しいはずで、「心残り」を埋め尽くせるだけの人生の"金メダル"を獲得して欲しい。
WRITER
- 黒井克行
- 1958年北海道旭川市生まれ。早稲田大学を卒業後、出版社勤務を経て、ノンフィクション作家として独立。著書に『テンカウント』(幻冬舎文庫)、『高橋尚子夢はきっとかなう』(学習研究社)、『高橋尚子勝利への疾走』(講談社α文庫)、『工藤公康プロフェッショナルの矜持』(新潮社)、『男の引き際』(新潮新書)などがある。日本大学法学部講師も務める。
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[08/12/10]
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