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『ラクロスに魅せられて-山田幸代』

アスリートバンク サイト管理者 (2008年11月26日 17:13)

ラクロス開幕戦。大学入学後、ラクロスを初めて知った。スティックでボールを操る独特のプレーに嵌まった山田は気がつけば日本代表になっていた。

日本人プロ第1号

先端にネットのついたスティックでボールを保持し走る。あるいは味方にパスをしてゴールへと向かう。ディフェンスの選手がスティックを叩き、ボールの保持やパスの妨害をする。それをいかにかいくぐりゴールを決めるか。あるいはそれを阻止するか。縦110m、横60mのフィールド上に、女子なら1チーム12名の選手が展開し、ボールが宙を飛び交い、ボール争奪をめぐる攻防が繰り広げられる――そんなラクロスの魅力に惹かれ、日本で唯一のプロ選手として活動する選手がいる。

 山田幸代である。山田は日本代表として、2005年に開かれたワールドカップ5位に貢献。その後、海外挑戦も2度経験している。

ラクロスは決してメジャーな競技とはいえない。その中で、どのようにラクロスの道を選び、打ち込み、プロというありかたを築いたのか。

ラクロスとの出会い

山田がラクロスを始めたのは大学入学後のことである。子どもの頃から野球、水泳、バドミントンなど多彩なスポーツを楽しみ、中学と高校ではバスケットボールに打ち込み、全国大会にも出場したキャリアをもつ。

「きっかけはたまたま。バスケットボールは高校で完全燃焼して、次の目標が決まらなくて大学生活をエンジョイしようと思っていたんです。そのとき、ゼミの友達がクロスを持ってきていて。ラクロス自体知らなくて、『それ何?』『一回やってみれば』と、たわいないきっかけなんです」

プレーしてみると、道具でボールを扱う面白さにはまっていった。

その後、やればやるだけ結果に表れ、2005年に日本代表として、4年に一度開かれるワールドカップに出場を果たす。日本は5位に入った。だが山田にとっては、苦い経験の場ともなった。

「精神的に底を見た試合でした。とんとん拍子といわれるくらい結果が出てきて、おごりがあったわけじゃないんですけど、本番になったときに自分の精神的な弱さをみて、ベンチで涙を出したこともありました。日本の代表として日の丸を背負ってやっているのに、自分のことしか考えられない。もっと強くならないといけないと思いました」

克服するために。考え、選んだ方法は海外への挑戦だった。

海外武者修行

 ハワイのトーナメントに参加することになっていたアメリカのクラブチームに自らメールで入れてほしいとメールを送った。承諾を得ると、ハワイへ向かい、参戦した。2007年のことである。帰国すると、ワールドカップを制したオーストラリアの強豪クラブへ、やはりメールを送って、OKをもらうと今春から約半年、参加した。

加わったのはリーグが始まる1カ月前。練習ではパスがもらえない。このままなら試合に出られない。山田は英語を話せないながら、休憩時間に技とテクニックを見せてアピールした。練習ではルーズボールになった瞬間、必死に捕りに行った。伝えきれないことがあると、練習後にホームステイ先に戻り、メールをチームメイトに送ってコミュニケーションを図った。

「すごく大変でしたけど、でもやることが明確だったのでやりにくくはなかったです」

結果、出場機会を勝ち取ったのである。

普及活動

 実はこの2度の海外行きの前に、山田は一つの決断をしていた。大学を卒業してから勤務していた会社を辞めてプロ選手になったのは、07年9月1日のことである。スポーツ用品店を展開する会社がスポンサーとなることで、それは実現した。

「たまたま社長さんと会ったときに、『子どもたちに広めていきたい、それが夢なんです、そのためには自分もうまくなりたいし世界のトップになりたい』という話をしたら、『ラクロスを思いきりやってみなさい。あとに続けば夢がかなえばいいじゃない』と言っていただいて」

 プロになったことで、以前から力を入れていた活動も、充実して行えるようになった。ラクロスの普及活動である。

WRITER

松原孝臣
1967年、東京都生まれ。早稲田大学を卒業後、フリーライターとして活動。1998年から「Sports Graphic Number」編集部に勤め、今年独立し再びフリーに。夏季・冬季両方の五輪種目を中心に取材活動を行なう。著書に『高齢者は社会資源だ』がある。

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