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『高橋尚子が残したもの(後編)』

アスリートバンク サイト管理者 (2008年11月26日 17:06)

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高橋尚子開幕戦。この13年間、高橋の夏は米コロラド州ボルダーで走ることに明け暮れた。アスリートの聖地ボルダーは高橋の"第二の故郷"か。

チームQ

 05年、東京国際女子マラソン。

長年、師事してきた小出義雄から独立した高橋は、「チームQ」として初めてレースに臨んだ。

ただ、この期に及んでも、

「何故、小出から離れたのか?」

「指導者不在で大丈夫なのか?」

独立を疑問視する声は依然、少なくなかった。

 しかし、一度こうと決めたら梃子でも動かない頑固でなる高橋は一切動じることはない。自らが選択した道を納得してもらうには、「このレースで勝って答を出すしかない」と、並々ならぬ覚悟を決めていた。5月からの米コロラド州ボルダーでの長期合宿では、これまでだと、小出が決めたメニューをこなすことでその先に栄光が待っていたが、そのほとんどを自分で決めなければならない。

練習方法やスケジュールを巡って激論を交わしながらチームの和を高めようとするも、最初のうちはぎこちないものだ。たとえうまくいっているかのように思えても、果してどうなのか。自分たちだけの小さな世界に満足し、近視眼になっていまいか。不安を言い出したらきりがないが、最終的にチームは、何事も一切の手抜きを許さず、自分に厳しいチームリーダー・高橋の意図を汲み、東京国際女子マラソンという一つの大きな目標に向かってガッチリとスクラムを組むことができた。それはレース本番10日前、帰国した高橋の表情に不安の色を伺うことができなかったことが証明していた。が......。

好事魔多しである。

自信を持ってレースで答えを出すはずが、帰国直後の高橋の体に異変が起きた。肉離れを発症していたのだ。しかも、3カ所だ。レースどころの話ではない。99年のセビリアの世界選手権が頭をよぎる。またしても、......。

夢はかなう

 取材する側から言わせてもらえば、もちろん意図したものでないことは承知しているが、高橋というランナーは我々を飽きさせないというか、惜しみなく話題を提供してくれる。またしてもだ。

レース直前、チーム内では出場するか否かで議論になり、また主治医はドクターストップをかけた。だが、そんなまわりの心配などお構いなしに高橋自身は「出場して優勝する」を自らに誓っていたのだ。
「足が折れようがどうなろうとも、私は絶対に優勝しなければならないんです。"夢はあきらめなければかなうんだ"ってことを証明するために。私はそのメッセージを伝えるために走らなければならない、今苦しんでいる人、悩んで暗闇にいる人のために」

高橋尚子現役引退の記者会見。走ることから解放されホッとしたのもあるだろうが、最後まで高橋の表情から笑顔が消えることはなかった。


それはとりわけ高橋尚子自身のためでもあった。

 そんな彼女の熱い思いとは裏腹に、冷静なドクターが下したのは「レース中、少しでも痛みを感じたら即座に中止せよ」だった。そのため、チームの仲間はポイント毎に先回りし、高橋の状況を監視することになった。いわば、高橋の"緊急救護隊"である。もうこうなると背水の陣どころか、すでに「優勝」の二文字はとても望めるものではなかった。

しかし、高橋は走りきった。そして、優勝までしてしまった。

「奇跡です、これは奇跡だ!」

WRITER

黒井克行
1958年北海道旭川市生まれ。早稲田大学を卒業後、出版社勤務を経て、ノンフィクション作家として独立。著書に『テンカウント』(幻冬舎文庫)、『高橋尚子夢はきっとかなう』(学習研究社)、『高橋尚子勝利への疾走』(講談社α文庫)、『工藤公康プロフェッショナルの矜持』(新潮社)、『男の引き際』(新潮新書)などがある。日本大学法学部講師も務める。

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