HOME >> 特集 >> 『上村愛子、バンクーバー五輪へ視界良好』

『上村愛子、バンクーバー五輪へ視界良好』

アスリートバンク サイト管理者 (2008年11月12日 16:28)

悲願のメダル獲得へ

上村愛子2010年バンクーバー五輪で悲願の金メダルを狙う。すべてはプレッシャーとの闘いか。

「季節が変わると気持ちが引き締まってきますね」

風がいよいよ冷たく感じられるようになってきた11月。10月下旬にスイスでの雪上合宿から帰国、記者会見のため東京にいた上村愛子はこう口にした。

12月中旬の開幕戦まであとひと月。ウインタースポーツのシーズン到来である。

新たなシーズンについて、上村はこう語った。

「今までとは違う気分で迎えられるシーズンですね」

たしかにその表情は、これまでにない落ち着きと、どこか自信を感じさせた。

 上村愛子が日本代表に選ばれ、国内外を転戦するようになって10年以上が経つ。世界選手権では2度表彰台にのぼり、五輪にも3度出場。だが五輪でのメダルはない。

初めて出場した五輪は1998年の長野。結果は7位。高校生だった上村にとって、「ただ楽しかった」大会だった。

 その後、順調に力を伸ばした上村は、00-01年シーズンのワールドカップで、年間総合2位となる。翌年にはソルトレイクシティ五輪が控えていた。有力なメダル候補と大きな注目が集まった。上村自身も、メダル獲得を目標に掲げて大会に臨んだ。結果は6位だった。

06年のトリノ五輪では5位。常に入賞し、順位は少しずつ上がってはいたが、念願のメダルには届かずにいた。

プレッシャーとの闘い

 長いキャリアの中で、上村が常に課題として掲げていたのは、「自分の弱さをいかにして克服するか」だった。

どのアスリートも、多かれ少なかれ、戦うべき相手は自分自身だといえる。試合に勝てるのかどうか、力を出し切れるか。試合でそうした思いにかられて悩み苦しむ。プレッシャーと言いかえていいだろう。打ち克つ選手、潰れていく選手......大きな舞台ともなれば、顕著に現れる。

上村にとってそれは、誰よりも大きな課題だった。

「大きな試合になると、どうしても緊張がいつもの倍くらいになってしまって。自分の中で、自分の弱さが大きな壁になっていました」

もてる力を出し切れずにいたのである。

どうしたら大舞台で力を出し切れるか。長い時間をかけて、試行錯誤を繰り返してきた。だが、その答えは思うようにみつからなかった。

追い打ちをかけるように、06年からは膝の故障に苦しめられた。06-07年のシーズンは、大会参加もままならない状況に追い込まれた。

このような状況で、昨シーズンを迎えた。

ワールドカップチャンピオン

 シーズンに臨むにあたり、まず膝の故障を完治させることを目標に、リハビリと体作りに励んだ。その分、滑りやエアで用いる技の調整は遅れた。

WRITER

松原孝臣
1967年、東京都生まれ。早稲田大学を卒業後、フリーライターとして活動。1998年から「Sports Graphic Number」編集部に勤め、今年独立し再びフリーに。夏季・冬季両方の五輪種目を中心に取材活動を行なう。著書に『高齢者は社会資源だ』がある。

MONTHLY SHOOTING

『無事是名馬』一球でも多く一日も長く
『無事是名馬』一球でも多く一日も長く

[09/01/14]

プロ28年目のシーズンを迎えた。5月5日で46歳になる....全文を読む≫

『実力の坂田』 Home Sweet Home

[08/12/24]

『高陽経由バンクーバー行』 真央のハッピーフライト

[08/12/10]

『メッセンジャー』感謝。そして

[08/11.26]

<<バックナンバーはこちら

TOPICS

“世紀の一戦”デラ・ホーヤ×パッキャオが残したもの 現地生レポート!
“世紀の一戦”デラ・ホーヤ×パッキャオが残したもの 現地生レポート!

[08/12.10]

デラ・ホーヤ時代が終わった――。ボクシングの....全文を読む≫

球界最年長・工藤公康、年棒大幅ダウンも折れぬ魂
球界最年長・工藤公康、年棒大幅ダウンも折れぬ魂

[08/12.09]

来年、46歳を迎える横浜の工藤公康が契約更改を行....全文を読む≫

特集

<<バックナンバーはこちら

連載コラム

<<バックナンバーはこちら

元プロボクシングJライト級 川崎順次

寺田伽藍

大迫勇也

pagetop