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『騎手と調教師の運命を変えた"伏兵馬"』

アスリートバンク サイト管理者 (2008年10月27日 15:44)

女神降臨

番狂わせ?いや、勝つべくして勝ったのか?いずれにしても騎手と調教師にとっては"女神"が降臨した。

8月31日。夏のローカル競馬のメーンイベント、新潟記念。1頭の小柄な牝馬がまるで何かに後押しされるかのように別次元の勢いで飛んでみせた。鞍上のゴーサインに応えた彼女は、どよめくスタンドを尻目に、メンバー最速の上がり(残り600M)33秒7の脚を繰り出し、16番人気の低評価とは思えぬ走りでゴール板を突き抜けた。

「急きょの騎乗でしたが、いい時に乗せてもらいました」と鞍上が言えば、「勝つとは思わなかった」と調教師も控えめだったが、表彰台に立つ二人の凛とした表情からは、何かが吹っ切れたように見えた。

名門厩舎の存亡危機

特集写真07年福島記念(GⅢ)。後方から直線一気に差しきるアルコセニョーラ。

彼女の名はアルコセニョーラ。調教師は畠山重則、騎手は武士沢友治。失礼ながら人馬ともに常に注目を集めてきた存在でない。馬は近走惨敗続きで、昨年秋の福島記念以来の勝利。調教師、騎手もここ数年は勝利数で上位に名を連ねるほど成績を残していない。

65年。東京オリンピックの熱気が冷めやらぬ高度経済成長の真っ只中、畠山重則は騎手免許を取得しデビュー。79年に調教師免許を取得し、翌年に厩舎を開業。騎手時代は勝ち星に恵まれなかったが、調教師としてはハセシノブ(新潟記念、新潟大賞典、オールカマー)、ロシアンブルー(新潟記念、七夕賞)、アイルトンシンボリ(ステイヤーズS2勝、宝塚記念2着)など、数々の名馬を輩出してきた。だが、順風満帆の時期もそう長くは続かなかった。

マイヨジョンヌで勝った新潟大賞典(97年)を最後に重賞勝ちから見放され、勝ち星も激減してしまった。まるでバブル崩壊の後を追うようにして。

「親交の深かったシンボリ牧場の低迷が原因なんでしょうかね。厩舎は馬主があってこそ成り立っていくものですから」と現在厩舎の番頭格で、息子の畠山雅之調教助手が振り返る。風貌こそ違うが、人当たりの良い温厚な性格は父親譲り。「アイルトンシンボリがターフで活躍していたころ、僕は学生だったんです。先生(父)の管理する馬を見ていて競馬が好きになりましたね」。父親の背中に憧れ、大学卒業後は馬乗りの道を選んだが、奇しくも畠山重厩舎に配属されたのは、マイヨジョンヌがターフを去った直後のことだった。

WRITER

鈴木亨
1972年3月14日、北海道札幌市生まれ。幼少時は札幌競馬場近くの八軒で育ち、競馬に触れる。高校時代はレスリング部に所属。大学入学を機に上京。90年の日本ダービーで、アイネスフウジンの“ナカノコール”に衝撃を受け、本格的に競馬にのめり込む。大学卒業後は海外を放浪。98年、サンケイスポーツにアルバイトとして入社。サンスポ編集部を経て競馬エイトへ。02年、トラックマンデビューしていまに至る。現場では想定班を担当。

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