『さよならヤンキースタジアム(下)』
(2008年10月27日 15:12)
いつも外野スタンドまでびっしり満員のファンで埋めつくされた。ここはニューヨーカーの"第2の故郷"なのかもしれない。
ヤンキースタジアム最後の日、天井から吊り下がった看板を取り外したのは、おそろしく背の高い男だった。チームカラーである濃紺の看板には、白いペンキでジョー・ディマジオの言葉が書き連ねてあった。
<I Want to thank the Good Lord for making me a Yankee(ヤンキースの一員になれた幸運を神に感謝したい)>
私は背の高い男の後をつけた。男はクラブハウス前の通路を左折し、室内打撃練習場方向に向かった。そこに小太りの男が待ち受けていた。ふたりは顔を見合わせると、にっこり笑った。
「知っている?」
私は隣の日本人記者に聞いた。
「知りません。見たことない顔ですね」
背の高い男と小太りの男は、ヤンキースの帽子とジャンパーを着ており、関係者にちがいなかったが、何者かわからなかった。
残念ながら、そこから先はメディア立ち入り禁止の領域。我々は、看板を抱えて立ち去る彼らの後ろの姿を見つめるしかなかった。
ヤンキースタジアムには、いろんな職員が出入りしている。松井秀喜がメジャーに挑戦した2003年、流暢な日本語を話す大男と出会った。その大男は、試合前、選手がウォーミングアップを始めると、トランシーバー片手に、天然芝の上をのっしのっしと歩き回り、スタンドに目を光らせた。不審者がいないかどうか、チェックしているのだった。セキュリティー担当とはいえ、いつも白いYシャツにきりりとネクタイを締めていた。
話しかけると、大男は、「渡辺弓太郎です」と名乗った。なんと、あの元関脇・高見山(現・東関親方)の長男であった。身長193センチ、体重112キロ。松井が188センチ、105キロだから、その大きさがわかるであろう。
高見山が渡辺加寿江と結婚したのは、1974年。弓太郎は東京で生まれたが、自分は力士に不向きと判断し、15歳で渡米。ボストンカレッジのマーケティング学部に入学。卒業後、エージェント会社に勤務。ヤンキースタジアムで働くようになったのは、偶然にも松井のメジャーデビュー年と重なり、日本人記者から「弓ちゃん」と呼ばれるようになったのである。
WRITER
- 松下茂典
- ノンフィクションライター。石川県金沢市出身。明治大学卒。主な著書に『松井秀喜・55の言葉』(東京書籍)、『神様が創った試合』(ベースボール・マガジン社)などがある。
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[08/12/10]
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