さよならヤンキースタジアム(上)
(2008年10月14日 20:03)
2008年9月21日、ヤンキースタジアムが85年の歴史に幕を閉じた。スタジアムの中で、私がいちばん好きだった場所は、ヤンキースのクラブハウスから一塁側ベンチに向かう薄暗い通路である。
その天井には、次のような看板が下がっていた。
〈I Want to thank the Good Lord for making me a Yankee(ヤンキースの一員になれた幸運を神に感謝したい)〉(ジョー・ディマジオ)
ディマジオ(1914~1999)は、「史上もっとも優雅な中堅手」と呼ばれ、1941年、前人未到の「56試合連続安打」を達成。この記録は、67年を経た現在に至るまで、誰にも破られていない。
彼はヤンキース在籍13年間で、10回もワールドシリーズに導き、そのうち9回もワールドチャンピオンになった。自らたくさんの冠を手にしたが、同時に、チームにも数多くの果実をもたらした。
ヤンキースの選手たちは、松井秀喜も、デレク・ジーターも、アレックス・ロドリゲスも、例外なく、この薄暗い通路を歩く際、ディマジオの言葉を一瞥し、グラウンドに向かったのである。
2004年までは、ちがったフレーズの看板が天井に掲げられていた。
〈There is no substitute for Victory(勝利に代わるものなし〉(ダグラス・マッカーサー)
不覚にも、友人の記者に指摘されるまで、あの元連合国最高司令官のマッカーサー(1880~1964)の言葉だとは気づかなかった。
マッカーサーがいつ、どういう場面で、このセリフを吐いたかはつまびらかでないが、彼の伝記を読むと、それらしき言葉は散見する。
朝鮮戦争の野戦司令官時代、「念頭には勝利以外のなにものもない」と話しているし、さかのぼると、1928年、アムステルダム五輪の選手団長になり、オランダの地を踏んだとき、「我々は勝つためにやってきた」と新聞記者に語っている。「勝利に代わるものなし」というのは、マッカーサーの人生そのものだったのかもしれない。
アメリカ人にとって〝軍神〟ともいうべきマッカーサーの言葉をダッグアウトに向かう通路に掲げることで、ヤンキースの選手たちの気持ちを鼓舞したかったのであろう。
誰がこの言葉を選んだかはわからないが、これほどヤンキースに似つかわしい言葉もない。リーグ優勝39回。ワールドシリーズ制覇26回。球団設立は1901年と後発ながら、メジャーのナンバーワンチームにのしあがったのは、愚直なまでに日々勝利を重ねてきたからにほかならない。まさに「勝利に代わるものなし」である。
そのマッカーサーの言葉が、ディマジオの言葉に取って代わったのは、私の記憶によると、2004年のシーズン中である。
以来、ヤンキースはワールドシリーズに一度も出場していない。2003年、フロリダ・マーリンズとまみえたワールドシリーズが最後になっている。そして、今年は14年連続ポストシーズン進出を逃した。
偶然だが、ヤンキースが勝てなくなったのは、看板を付け替えた時期と一致している。当時、日本では巨人監督の原辰徳が「チーム愛」を説き、話題になっていた。
原はいったんユニホームを脱ぎ、2006年から再び巨人で指揮を振るうことになり、昨年から2年連続セ・リーグ制覇。とりわけ、今年は史上最大の13ゲーム差を大逆転しての優勝であった。「巨人を強くしたいという気持ちは誰にも負けない自信があります」
原のコメントは、マッカーサーの言葉を想起させる。
今年の大逆転Vで、巨人のリーグ優勝は32回になった。過去、日本一は20回を数える。ヤンキースと巨人。洋の東西で、これほど優勝回数が似通ったチームが存在するのは不思議である。
ヤンキースタジアム最後の日、私はクラブハウスと一塁側ベンチを結ぶ通路を何度も往復した。そのたびに、天井を見上げ、ディマジオの言葉が掲げられた看板が、その場に残されているかどうかを確認した。
この看板が、いったい誰の手によって持ち去られるのか、気になってしかたがなかったからである。
にわかに動きがあったのは、ファイナルゲームが終了した直後であった。看板を外したのは、おそろしく背の高い男だった。私は黙ってその男の後をつけた。
(次号へ続く)
WRITER
- 松下茂典
- ノンフィクションライター。石川県金沢市出身。明治大学卒。主な著書に『松井秀喜・55の言葉』(東京書籍)、『神様が創った試合』(ベースボール・マガジン社)などがある。
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