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42歳のボクサー・西澤ヨシノリ、豪州で再始動、何故まだ闘う?! - 折れぬ魂(前編)

アスリートバンク サイト管理者 (2008年10月14日 02:02)

西澤ヨシノリ

「まだ夢の途中です」


今年42歳を迎えたプロボクサー、西澤ヨシノリ(ヨネクラ)は事も無げに笑顔でこう答えた。彼が日本の現役最年長ボクサーであることはいうまでもないが、30歳を過ぎてもリングに立ち続ける者は数えるほどしかいない中、驚くべきキャリアだ。その西澤が来月、オーストラリア・シドニー近郊で世界タイトルに挑戦するという。「小学1年の時、リングで仁王立ちするモハメッド・アリを見て、『世界一強い男になりたい』って、この世界に入ったんです。僕はまだその世界一になっていないわけですからね」

20歳でプロデビューし、10月21日で丸22年になる。

日本では満37歳となった時点でライセンスは失効する。つまり西澤はすでに"定年"を迎えているわけだが、5年前に西澤の活躍がコミッショナーを動かし、制度を緩和させた。元チャンピオンや世界タイトル挑戦者及び世界ランク15位以内のボクサーなら、身体検査に合格すればリングに上がることが許されるようになったのだ。

だが、"定年"後は1年1年が勝負で、負ければ即引退を勧告される。昨年1月、判定で東洋太平洋ライトヘビー級チャンピオンの座を追われた西澤は、ライセンスを失効させてしまった。敗戦の翌日、つまり、引退が事実上決まり、失意のドン底にあったはずの日だが、西澤から電話が入った。
「お世話になりました。次はオーストラリアで闘いますのでよろしくお願いします」と。
(エッ! 冗談だろう)

私は一瞬、自分の耳を疑った。が、冷静に我にかえってみると、驚くことではない。「この男なら」と受話器を握りながら思わず一笑していた。日本ではリングに上がることができなくても、オーストラリアを始め、アメリカ、メキシコ、タイとプロ資格に年齢制限を設けていない国はあるのだ。それにしても、舌の根のかわかぬうちの速攻の決心に恐れ入った。私はさらに一笑していた。

西澤ヨシノリ

そして、西澤はこの言葉どおり、半年後、単身オーストラリアに乗り込んだ。WBFアジア太平洋ライトヘビー級王座に挑戦し、7ラウンドKO勝ちで日本にベルトを持ち帰ったのである。さらに、その年の12月にはWBF世界ライトへビー級のタイトルに挑戦していた。相手は19歳年下のオーストラリア人で、若さと勢いだけの荒っぽいファイトを仕掛けてきた。ホールディングで投げ飛ばそうとするわ、結局、故意ともとられかねない度重なるバッティングによって西澤は顔面を真っ赤に染めた。ドクターストップ、無念の負傷引分けとなり、あと一歩のところで世界一に手が届かなかった。


41歳だった。

本来ならもういい加減、そこで幕を引くところだろう。が、西澤はあのフレーズを繰り返すだけだった。「夢の途中です」と。

果して未練なのか?

今や亡き、ヨネクラジムの師匠・松本清司トレーナーは「ボクシングは麻薬だ」と口癖のように言っていた。西澤もボクシングという麻薬に冒され、やめられずにいるということなのか?

まもなく後厄も終えようとしているが、......。

西澤が昨年行なった体力測定のデータがある。これを3年前、つまり"定年"前のデータだが、それと比べてみると何とどの項目も伸びているのだ。特に、注目すべきは持久力のデータだ。普通、年齢とともに最も衰えが目立つ項目のはずだが、際立って上がっている。簡単にあとへはひかない大きな理由の一つかもしれない。

85年、西澤はヨネクラジムに入門したが、練習初日、ジムの門の前で立ち止まってひと呼吸入れた。その時、一つの約束を自分に課したのだ。
「ボクサーの限界を極めてやろう。絶対に悔いのないようにやり尽くし、自分の中にあるすべてを使い果たそう」と。

アニメ『あしたのジョー』のラストシーンを彷彿とさせる、西澤にとって今も自分だけが知る約束だ。ただ、これを守るも破るもすべては自分次第で、いつ反故にしても他人にとやかく言われる筋合いのものではない。なのに西澤は以来、厳しいまでにこの約束に従ってきた。
「42歳になった今でも、まだ限界が見えてこないんです」

自分自身に誓ったあの原点を忘れていない。

だが、いつ不渡りになってもおかしくないそんな約束手形だけでこの先もリングに上がり続けることはできないはずだ。ボクサー・西澤を支える大きな存在があった。

家族だ。

「世界一」やボクシングは、西澤本人にとってずっと追い続けてきた人生の夢かもしれない。が、それは傍から見れば家族を犠牲にした男の勝手ととる向きもあるかもしれない。しかし、夫人は西澤の最大の理解者として今なお支え続けている。小学5年になるひと粒種の長女も、西澤の試合には必ず駆けつけ、「必勝」の鉢巻きをして黄色い声を上げ、リングのパパに叫ぶ。男として引き下がるわけにはいかないだろう。

(次号へ続く)

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WRITER

黒井克行
1958年北海道旭川市生まれ。早稲田大学を卒業後、出版社勤務を経て、ノンフィクション作家として独立。著書に『テンカウント』(幻冬舎文庫)、『高橋尚子夢はきっとかなう』(学習研究社)、『高橋尚子勝利への疾走』(講談社α文庫)、『工藤公康プロフェッショナルの矜持』(新潮社)、『男の引き際』(新潮新書)などがある。日本大学法学部講師も務める。

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