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スポーツビジネスの現状 第1回

アスリートバンク サイト管理者 (2008年10月14日 02:00)

メダリストへの取材は佳境に入った。

より速く、高く、遠くへ――スポーツの根幹にかかわる質問を投げかけたとき、彼はトップアスリートしか体得できず、知りえない感覚について語ってくれた。短距離選手なら加速がつく瞬間、ハイジャンプ選手としたらバーを身体がすり抜ける一瞬、投てき選手だとハンマーが手から離れるときの感触――それは、背筋に電光が走るほどスリリングでシンボリックだった。

「もう少し、詳しく。その感覚について、もうひと言だけでいいから説明してください」

「..................」

アスリートが、言葉で感覚を表現するのは容易ではない。それを重々承知しながら、こちらも手を変え、品を代えして質問をしていく。右を攻めてダメなら、左を試す。そうやって何とか彼の想いを受け止め、理解し、文章に展開していくのだ。

彼は要領を得ない笑顔を浮かべ、振り返った。そこにはスーツ姿の男が侍っている。男は、今こそ自分の出番だとばかりに進み出た。

「それ以上、つっこまなくてもいいんじゃないですか」

「でも、これはとてもおもしろいし、肝心な話ですよ」

男は小さく舌打ちした。

「だから、もういいじゃないですか」

有無をいわせぬ口調だ。私は嘆息し、メダリストはしてやったりという顔になった――。

この春、ある有名アスリートに取材するチャンスを得た。私にとっては、久方ぶりのスポーツマンへのインタビューだった。自分を浦島太郎になぞらえるのは少々大げさだが、スポーツの現場を意識的に忌避するようになって数年になる。そのブランクの間に、アスリートを取り巻く環境、取材する側とされる側の関係は大きく変貌していた。

まず、彼に会ったとき、私の前に何枚もの名刺が並んだことに戸惑いを覚えた。マネジメント会社とPR会社、さらには彼の所属先企業の〝担当〟、おまけに彼がコマーシャル出演する会社の人間もきている。

十年も昔なら、かなり高名な選手であってもマネージャーが寄り添うことはなかった。せいぜい、チームなり所属企業の広報が顔を出すくらいだ。これでヘア・メイクがついたら、芸能人の取材だと私は苦笑した。

それぞれに挨拶を終えると、彼を囲んでクライアント企業の連中が記念写真を撮り始めた。色紙も出され、彼はペンを走らせる。今日は取材だけでなく、クライアントサービスの日でもあるらしい。

マネジメント会社の担当は私にペーパーを差し出した。

「事前にいただいたレジュメの件ですけど、この質問はNGです」

彼は、「ドーピング問題」の項目を指差した。

「それは、彼の意向なんですか?」

私の問いに、彼は虚をつかれたような面持ちになったが、すぐに態勢を立て直して「そうです」と答えた。

「じゃあ、なぜNGなのか、その理由だけでも教えてください」

「だから、その、こういう質問はデリケートだし、彼のトータルイメージにそぐわないんですよ」

話は前後するが、この取材に先立って詳細な質問項目を提出するようにいわれていた。私は反論した。多少気色ばんでもいた。

「取材は国会の想定問答じゃない。百歩譲って、要綱を出すとしても、事前に細部まで質問を示したら、インタビューする側とされる側の緊張感がなくなってしまう」

スポーツビジネスの現状


質問はときとして礫と化する。それが選手に当たった際の表情、しぐさ、声音の変化などは、口をつく返事よりも雄弁に心境を語ることが多い。これをすかさずとらえるのは、書き手としては密かな愉しみでもある。だがマネジメント会社の担当は取り付くシマもない。

「どこの雑誌でも、そういうふうにしてもらってるんですよ」

イヤなら、取材は無しにしてもいい――言外に、そんなニュアンスを含んでいる。私は一挙に血圧が上がるのを感じながらも、まずは大人の対応が肝心と、わだかまりを飲み込んだ。

同じように、ドーピングのことは訊くなという、取材直前に出された〝希望〟にも、うなずいた。

マネージャーはサイン会が終わるのを見届けてから言い放った。

「取材はきっかり三十分です。次の取材も控えてますから、時間厳守でお願いします」

マネージャーは原稿のチェックをも、当然のごとく要求してきた。マネジメントする側の判断で原稿の善し悪しが判断される。これでは検閲ではないか。

私は抗戦し、選手の発言部分のみを見せること、書いた事実関係とニュアンスに誤りがあるときのみ修正に応じることで決着した。それより、全面降伏して彼らに唯々諾々と従う書き手も少なくないと知り、それが衝撃だった。

書き手も百人百様、いろんなタイプがいてもよかろう。しかし誹謗、中傷と正当な批評は、自ずと異なる。書き手はこのことを胸に刻みながら、プライドを持って臨みたい。何より、作家が知りたいことを知り、会いたい人に会い、書きたいことを書かずにどうするというのだ。マネジメント側の都合でタレ流された、大本営発表記事を読まされる読者の側も迷惑ではないか。

スポーツがビジネスとして成立し、アスリートがもてはやされる現実を私は悪いとはいわない。だが、その余波で取材の現場に歪みが生じている。

(次号へ続く)

WRITER

増田晶文
1960年大阪府生まれ。同志社大学卒後、10年の会社員生活を経て作家に。Numberスポーツノンフィクション新人賞、小学館ノンフィクション賞などを受賞。主な著作に『果てなき渇望』『速すぎたランナー』『吉本興業の正体』『父と子の中学受験合格物語』などがある。

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