『リングは議場』(後編)元プロボクシングJライト級 川崎順次(小松市市議会議長)
(2009年1月14日 10:38)

<プロフィール>
1954年、石川県小松市生まれ。小松工高中退後、ボクサーを夢見て上京。78年1月プロテスト合格、3月プロデビュー。将来のチャンプを期待されたが、目の負傷をきっかけに引退。プロ通算成績は10戦6勝(4KO)3分1敗。引退後は帰郷し、トンカツ屋、損保代理店、そして95年に小松市議会議員に初当選。08年6月議会で議長に選任される。現在4期目。
相手の懐に飛び込み、果敢に攻めるファイターだったが、結果的に致命的なパンチももらい、引退の引き金になった。
<初黒星で引退>
もうどうしようもなかった。
左ストレートをまともに受けた左目は、相手を何十人にもしてしまう。左目を瞑り、右目だけで闘おうとすると相手との距離感が掴めない。目を開けたり瞑ったりの苦しまぎれの戦法は、いつまでもレェフリーの目をごまかすことはできず、左目が出血したところで
ストップがかかりました。
「まだ大丈夫です!」と、私は必死にレェフリーに食い下がり、ファイティングポーズをとり続けましたが、レェフリーは両手を交差し試合を止めてしまいました。2ラウンドTKO負けが下されたんです。
プロデビュー10戦目にして初の黒星でした。
しかし、すでにそれまでの実績から6回戦の資格があり、ジムからも「少なくとも日本チャンピオンにはなれる」と、太鼓判を押されていただけにここで怯むわけにはいきませんでした。
とはいっても、左目の状態は思ったよりはかばかしいものではありませんでした。試合後しばらくの間、朝起きると部屋の裸電球の赤い光が幾重にもなって見えるんです。
トレーナーからは、「お前の体はお前しかわからない。そこまでしてボクシングをやり続ける必要があるのか? このままやるのも男なら、引くのも男。自分で判断しろ」と。
気がつけば、1カ月で体重は10キロも増えていました。結局、医者からの最後通告が決定的で、もうボクサーをやめることに何の未練もなくなっていました。まあ、6勝もしたし、そのうち4つがKO勝ちだったし、楽しい3年だったと満足しています。
<トンカツ屋~損保代理店>
引退してからは、そのままトンカツ屋で働き、ゆくゆくは田舎に帰って店を出すつもりでさらに一年間、修業を続けました。そして、デビュー前から付き合っていた今の女房と結婚し、金沢のド真ん中で暖簾を構えることになったんです。
カウンターだけの24、5席の小さな、俗に言う"鰻の寝床"です。将来的には郊外にチェーン店をやろうかというつもりで、5年頑張りました。そこそこに流行っていたんです。そんな矢先、損保の代理店をやっていた兄貴が家業を継ぐということで、代わって私がその代理店を引き継ぐことになり、久々に小松に帰ることになりました。
代理店は10年やりましたが、その傍ら、森喜朗後援会の青年部副会長も務めていました。元々、政治には興味はありましたが、小松で代理店をやっていなかったらトンカツ屋を続けていたでしょうねえ。
<政界へ>
まあ、そんな縁もあり、平成7年4月、小松市議に立候補し、無投票で初当選しました。その時の選挙ポスターはヨネクラジムで撮影したものです。
平成19年4月の選挙で4期目に入り、昨年6月の議会で議長に選任されました。
ボクシングは拳一つで強い奴が絶対の世界ですが、政治の世界は「コノヤロー!」といって通る世界ではありません。むしろ、そんな姿勢では「出る杭は打たれる」でやられてしまう。
ただ、両者に共通することもあり、ボクシングで培ったことが政治の世界で役立っています。ボクシングはハングリーなスポーツであり、苦しい練習に耐えなければなりません。縦の社会でもあり、何においてもまず「我慢」なんです。政治も我慢をするということにおいては一緒で、志を遂げるためには日々、地道な活動の積み重ねなんです。
短気だった私でしたが、気が長くなりましたよ。
将来? 自分にチャンスが巡ってくれば県議でも市長でもやってみたいとは思いますが、「なろう」と思ってなれるものではありません。まわりから望まれ、神輿を担がれなければいけません。
今、私が課題としているのは、小松市を空港を中心とした国際都市にしたいということです。ブラジルやベルギー、イギリス、中国の各都市と姉妹都市を結んでおり、それを足場に海外とのスポーツや文化交流を積極的に押し進めて、町の活性化を図りたいですね。
(終)
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