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『だってふんどしの国の人だもん~漫画で相撲文化を伝えたい~』 元・大相撲力士 現・相撲漫画家 琴剣淳弥氏(前編)

アスリートバンク サイト管理者 (2008年11月12日 23:16)

『だってふんどしの国の人だもん~漫画で相撲文化を伝えたい~』 タイトル

(プロフィール) 琴剣(ことつるぎ)...本名 宮田登
1960年7月6日福岡県田川郡生まれ。15歳で佐渡ヶ嶽部屋に入門。1976年初土俵を踏む。

原点はアトム

『だってふんどしの国の人だもん~漫画で相撲文化を伝えたい~』
炭鉱の町福岡県田川郡に生まれ、硬山の上から憧れの東京に想いを馳せた少年時代。

「東京に行けば、手塚先生に近づけると思った」

夢は漫画家になること。

相撲取りになったのは、東京に行けるから。

「もともと、うちのおじさんと先代の佐渡ヶ嶽親方が知り合いだったんです」親方に声を掛けてもらった時、相撲のことは全く知らなかった。当時の横綱が誰なのかも。

「漫画家になりたくて、中学を出たら美術関係の学校に行く予定だった」

しかし、東京に行こう!そうすれば、手塚先生に会えるかもしれない。チャンスだと思い相撲取りになる決意をした。

「心の中では、いつかは東京というのが常にあった。1、2年我慢したら部屋を脱走して、手塚先生に弟子入りすればいいと思ってた」

小さい頃から、漫画を描くのが好きだった。初めて描いたのは幼稚園の頃。

「自分では微かにしか覚えてないんだけど、うちの母親がびっくりしたらしい。掃除しようと思ってコタツをひっくり返したら、木枠の内側に4コマ漫画が書いてあったって(笑い)。きっと怒られると思ったから、見えないところに隠れて書いてたんだね」漫画好きになったきっかけは『鉄腕アトム』。

「最初に見たときの衝撃といったらなかった」今でも忘れない。アトムとの出会いが原点だった。「いつか手塚先生に会いたい」

上京、佐渡ヶ嶽部屋入門

「なんだかんだいって、きつかった。地獄のような日々で漫画なんか書いてる暇もなかった」

しかし、だんだんと相撲界という独特の世界に魅かれていった。

稽古も一生懸命頑張った。

先代の佐渡ヶ嶽親方は、自身が遅咲きの叩き上げという自負があり、とにかく弟子の中でも、一生懸命努力してる者を好んだ。
いくら人気があって強い幕内力士でも、要領だけ良くてズル賢い者を嫌った。

「私には、肝心な勝負根性というのがなかったけど、一生懸命やってるところを親方は見てくれてた」

『だってふんどしの国の人だもん~漫画で相撲文化を伝えたい~』 土俵の上
まさか自分が相撲取りになるとは...。次第に相撲の魅力に惹かれていった。初土俵は昭和51年3月。

生活に順応し始めると漫画も描き始めた。夜中、布団の中で口に懐中電灯をくわえて描いた。

仲間には笑われた。それでも満足だった。

そんなある日、同部屋の力士、琴風の後援会が出来ることになった。

「グッズを作りたいんだけど、どうしようか...。ただのサインだけじゃ面白くないし」親方からお呼びがかかった。

「おまえ、漫画描けたな。今度、琴風の後援会が出来るから、ちょっと似顔絵描いてくれ」

これが大うけだった。

当時の新聞記者も嗅ぎ付け、場所中にも関わらず漫画の連載依頼が来た。

「ごっつあんです!」

かつてない、現役力士が描く漫画が新聞に掲載された。

しかし、あくまでも副業。そして長くは続かなかった。

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