『握りを拳からシャリに替えて』 元プロボクシング日本ジュニア・フェザー級チャンピオン 現・『鮨処 いわ本』(東京都板橋区大山)店主、岩本弘行(後編)
(2008年10月27日 22:49)
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(プロフィール) 1957年神奈川県小田原市出身。中学卒業と同時に、柴田国明、ガッツ石松、現東日本ボクシング協会会長の大橋秀行ら世界チャンピオンを輩出した『ヨネクラジム』の門を叩く。74年6月にデビューし、76年全日本新人王に輝く。足を使ったアウトボクシングを身上に、79年には日本チャンピオンの座に就き、以降、合わせて10回の防衛を重ねた。83年、のちの世界チャンピオン・六車卓也(大阪帝拳)に敗れて引退。現在、東京・板橋区大山で『鮨処 いわ本』を経営する。
「ボクシングをやっていて本当によかったと思いますよ」
引退する27歳までボクシング漬けの毎日で、一般社会へうまく適応できるか不安はあったが、その原因となったボクシングの経験が活かされることも少なくなかったという。
「我慢です。キツイ練習を毎日続けたことやスポーツ界特有の人間関係は我慢を教えてくれました。仕事ができないことで自分より年下の者から馬鹿にされても、拳を握り締め、顔を引きつらせていても自分を抑え込むことができましたし、『なにくそッ!』って、また仕事と向き合うことができたんです。短気な僕がボクシングをやっていなかったら、どうなっていたかと思いますね」
寿司屋は一日中、立ちっぱなしの仕事である。足腰がしっかりしていなければ務まらない。軽快なフットワークでリングを所狭しと動き回っていた岩本にとって、それも仕事に大いに役立っていた。
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毎日、朝5時には起き出し、築地に仕入れに出掛ける。元気で礼儀正しい岩本は築地でも人気者だ。
客は地元住民が中心だが、ボクサー時代からの後援者やボクシング関係者も足繁く店に通ってくれている。ただ、岩本をいまだに元ボクサーとは知らず、「大将はいつも元気でいいねえ」と関心されることもあるという。寿司職人は本当に天職かもしれない。
毎日、朝5時には起き出し、かつてのロードワークが今は車で築地への仕入れに替わった。店に戻れば仕込みに移り、時間に余裕がある時はサウナでひと汗流す。唯一の楽しみだという。夕方5時にはカウンターに入り、かつての拳ではなく、シャリに肴の切り身を載せて握る。客が途切れることはない。ボクサー時代に知り合い、チャンピオンベルトを陰で支えてくれた夫人が店を盛り上げる。気がつけば時計は12時を回り、暖簾を下げ、片づけを済ませた頃には夜は白みかけ、ほとんど睡眠もとらずに河岸に出掛けることもある。
「いかに鍛えていたからといっても、人間はやっぱり寝なくちゃあキツイですよ。ボクシングをやっていた時は夜遊びを一切せず、1日8時間は寝ていましたからね」
それが月曜日から土曜日まで続く。だから、平日にボクシングの興行が行なわれるかつての自分の"仕事場"である後楽園ホールへ後輩たちの応援にいくことはほとんどできない。
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大きな声がこだまし、活気溢れる築地市場はまるで後楽園ホールのリングのようだ。岩本にとってまさに適材適所か。
「寂しいですよね。実は今でもボクシングの仕事には未練があります。もちろん、ボクサーとしてではなく、今度は育てる側です。引退後、寿司屋をやるかジム経営を目指すかで悩んだんです」
岩本が寿司を握るカウンターの背にはキャビネサイズの写真が額に入って飾られている。捩り鉢巻をし睨みをきかせる男の写真である。岩本の父親? 先代の店主? 岩本にボクシングの手ほどきをし、チャンピオンに導いてくれた今や亡きヨネクラジムのトレーナー、松本清司だ。頑固親父然とし、鋭い眼差しを構える松本の遺影が『すし処 いわ本』の守護神のようである。ひょっとして岩本を今もボクシングの世界と結びつけている一葉なのかもしれない。
今、岩本は次なる人生の目標に向かう挑戦者である。
(終)
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