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『現状打破』 日本人ライバル 田臥勇太(男子バスケットボール・リンク栃木ブレックス)

アスリートバンク サイト管理者 (2008年10月27日 14:15)

『現状打破』 日本人ライバル タイトル

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『現状打破』 日本人ライバル
試合開始2時間前には既に長蛇の列。一番乗りは午前4時。

試合会場に向かうため、小山駅からタクシーに乗り込んだ。行き先を告げると、運転手さんから、「試合のチケットは持っているんですか?」と尋ねられた。聞くと、先ほど乗車したお客さんから、「当日券に並ぶから一刻も早く着きたい」と急かされたという。

リンク栃木ブレックスの試合では、連日ソールドアウトが続いている。日本人初のNBA選手となった田臥人気はもとより、田臥とJBLのスター選手との対戦がチケット争奪戦に拍車をかける。開幕第3週では、田臥加入前からのJBLの顔ともいうべき男。絶大な人気を誇る五十嵐圭とのマッチアップが注目を集めた。

日立サンロッカーズ背番号7。日本バスケ界のプリンスこと五十嵐圭。田臥と共通するのはポイントガードというポジションだけでなく、共に1980年生まれ。今年28歳となった同級生だ。

『現状打破』 日本人ライバル 五十嵐
五十嵐圭 180cm 68kg 甘いマスクと実力を兼ね備えた人気者。

「プライベートでは仲が良い」とお互いが言い、実力も認め合う。

初のマッチアップとなった試合。勝敗では、五十嵐擁する日立に軍配が上がった。しかし、若干気負いが見られたのは五十嵐。いち早くそれを察した日立監督は「前半、落ち着かせるためにあえて五十嵐を引っ込めた」と試合後の会見で語った。

アスリートを成長させ、進化し続けるために必要不可欠なライバルの存在。五十嵐をはじめ、全7チームのプレーヤーが手ぐすねを引いている。

田臥の契約には、NBAやヨーロッパのチームからオファーがあった場合、いつでも移籍可能という条件が盛り込まれている。

『現状打破』 日本人ライバル 円陣
高校時代の恩師加藤HC(左端)率いる08-09年ブレックス

あくまでもNBAへの挑戦過程として、立ち寄った栃木という地とJBL。

超満員に膨れ上がった会場、同年代の日本人ライバル、新たな息吹を吹き込まれたブレックスのチームメート。田臥によってもたらされる様々な化学反応。

田臥の決断によってリーグ全体が覚醒する。

そして、田臥自身はライバルの存在によって覚醒する。

勇ましいライバルの存在は、日本からNBAへの道をより太くする。

(終)

DATA

田臥勇太
バスケットボール選手
所属チーム:リンク栃木ブレックス所属
ポジション:ガード
出身:神奈川県
身長:173cm
体重:75kg
生年月日:1980.10.5
経歴:
1995年 大道中学校(神奈川県)3年時、全国中学校バスケットボール大会3位
1996年度~1998年度まで秋田県立能代工業高校にて史上初の高校3大タイトル3年間制覇(9冠)
2002年 JBLスーパーリーグ(当時)・トヨタ自動車アルバルクに入団、リーグ新人王獲得
2004年9月 NBAフェニックス・サンズと契約。開幕戦を含む4試合に出場。日本人初のNBAプレーヤーに。
2008年 JBL リンク栃木ブレックス入団

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