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『メッセンジャー』 完全燃焼

高橋尚子
高橋は最後の最後まで“Qちゃんスマイル”を忘れず、自分の言葉で引退を語った。左はマネージャーの安野仁氏。

 07年には右膝を手術。

 08年3月、名古屋国際女子で惨敗。

「自分でも夢かなと思った。体が動かずおかしいなと思った」

 北京五輪への道が閉ざされた。

 これがプロ高橋尚子、現役最後のレースとなった。

「精神的、肉体的にこれが限界かなと、自分が感じたことが、引退を決意した原因となりました」

「3月の時点で、もうそろそろ終わりかなと感じて辞めるよりは、最後、ほんと、完全燃焼かな。限界かな。というところまで調整が出来たという意味では、陸上人生悔いなし。という感じがします」

 会見で、高橋尚子は「プロの高橋としては」という言葉を多く口にした。

 初めから無理だとわかっているのであれば、プロとしては、「一回退いたほうがいいのかなと思いました」

 高橋尚子が「プロ」ランナーになったのが2001年4月。

「ここで現役を引退しても、50になっても60になっても走り続けたいなと思っています。ジョガー高橋として走り続けたいなと思います」

「プロ高橋尚子として」の引退会見。

 それは同時に、陸上人生疾走中の「アスリート高橋尚子」としては、途中経過、及び現状報告会見でもあった。

 娘の引退にあたって、父・良明さんからの言葉。

高橋尚子
記者会見終了後、会場から一斉に拍手が沸き起こった。予期せぬ報道陣の餞別に高橋の目には熱いものが溢れ出た。

「尚子の人生は半分もたってない。まだ午前11時くらい。これからのことはじっくり考え、ゆっくりと人生を歩んでほしい」

 アスリート高橋尚子。

 今は、ちょっと早めのランチ休憩中。

 午後はゆっくり始動して、きっと再びみんなに笑顔を見せてくれるだろう。

 その日を楽しみに。(次号へ続く)

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高橋尚子

陸上・マラソン選手
出身:岐阜県
生年月日:1972.5.6
愛称:Qちゃん

  • マラソン歴:
  • 1997年1月
    初マラソン、大阪国際女子マラソンで7位
  • 1988年3月
    名古屋国際女子マラソンで、当時の日本最高記録2時間25分48秒を記録し優勝
  • 1998年12月
    バンコク・アジア大会で2時間21分47秒を出し優勝。再び日本最高記録を樹立
  • 2003年3月
    名古屋国際女子マラソンで、大会記録となる2時間22分19秒を出し優勝
  • 2000年9月
    シドニー五輪で、日本女子陸上競技選手として初めての金メダルを獲得。2時間23分14秒は五輪記録
  • 2001年9月
    ベルリンマラソンで当時の世界最高記録2時間19分46秒を記録し優勝
  • 2002年9月
    1年後のベルリンマラソンでも2時間21分49秒の好記録で優勝
  • 2003年11月
    東京国際女子マラソンで2位。マラソン連勝記録は“6”でストップ
  • 2005年11月
    2年ぶりの東京国際女子マラソンで2時間24分39秒で優勝
  • 2006年11月
    連覇を狙った東京国際女子マラソン3位
  • 2008年3月
    北京オリンピック代表選考会の名古屋国際女子マラソンで27位。現役最後のレース

  • 受賞歴:
  • 2000年10月 国民栄誉賞受賞
  • 2000年度 JOCスポーツ賞 最優秀賞受賞など


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