『メッセンジャー』 完全燃焼

高橋尚子の引退記者会見に集まった報道陣の数は300人を数えた。異例の盛況ぶりだった。
「高橋尚子です。本日を持ちまして現役引退を決意いたしました」
引退会見は、この言葉から始まった。
思えば、高橋尚子の陸上人生、Qちゃんの愛称と共に、いつも笑顔、そして言葉が溢れていた。
「(日本最高)記録が出せて嬉しい。マラソンは楽しい」
98年3月、名古屋国際女子でマラソン初優勝。
引退会見では、この大会がマラソン人生の転機だったと語った。
「最初から足が動いた。日本最高だけは出さないともったいないと思って最後までいった」
引退会見で、思い出のレースの一つとして挙げた、98年バンコク・アジア大会。
当時日本記録での優勝。
2000年。
「少しずつ階段を上って、ようやくオリンピックへの道にたどりついた。
やるからには一番良い成績を取りたい」
五輪代表決定会見、こう語って臨んだシドニー五輪。今となっては、高橋にとって最初で最後のオリンピック。そして金メダル。
「すごく楽しい42キロでした!」
「うれしさと不安が入り交じっていたが、この賞をバネにもっと上を目指したい」
同じ年の10月に、国民栄誉賞を受賞。
「オリンピックの金メダルと世界最高は二つの夢だった。二つ目を達成出来て良かった」
01年9月
ベルリン・マラソンで女子初の2時間20分突破となる、2時間19分46秒で優勝。
「最初から飛ばして、もたなかった」
03年、アテネ五輪選考会の東京国際女子で失速し2位。アテネ五輪代表を逃し、連覇の夢が消えた。
05年5月、小出監督からの独立を発表。
「不安がないと言えばウソになるが、これからの自分の人生にワクワクしている」
チームQを始動させ、05年11月東京国際女子で復活優勝。
「オセロゲームで黒だった部分をすべて白に変えた気分」
しかし、06年の東京国際女子では、初マラソン以来、9年ぶりに日本人に敗れ3位。
「日本人に負けて悔しいとか悲しいより、(2時間)31分もかかったことにびっくり」
高橋尚子
陸上・マラソン選手
出身:岐阜県
生年月日:1972.5.6
愛称:Qちゃん
- マラソン歴:
- ◆1997年1月
初マラソン、大阪国際女子マラソンで7位 - ◆1988年3月
名古屋国際女子マラソンで、当時の日本最高記録2時間25分48秒を記録し優勝 - ◆1998年12月
バンコク・アジア大会で2時間21分47秒を出し優勝。再び日本最高記録を樹立 - ◆2003年3月
名古屋国際女子マラソンで、大会記録となる2時間22分19秒を出し優勝 - ◆2000年9月
シドニー五輪で、日本女子陸上競技選手として初めての金メダルを獲得。2時間23分14秒は五輪記録 - ◆2001年9月
ベルリンマラソンで当時の世界最高記録2時間19分46秒を記録し優勝 - ◆2002年9月
1年後のベルリンマラソンでも2時間21分49秒の好記録で優勝 - ◆2003年11月
東京国際女子マラソンで2位。マラソン連勝記録は“6”でストップ - ◆2005年11月
2年ぶりの東京国際女子マラソンで優勝 - ◆2006年11月
連覇を狙った東京国際女子マラソン3位 - ◆2008年3月
北京オリンピック代表選考会の名古屋国際女子マラソンで27位。現役最後のレース
- 受賞歴:
- 2000年10月 国民栄誉賞受賞
- 2000年度 JOCスポーツ賞 最優秀賞受賞など


