ゴジラ松井、ニューヨーク物語
2008年12月24日 up
第6回 お正月
さる12月10日、松井は成田着の日航機で帰国した。11月下旬にニューヨークで会ったときは足を引きずっていたが、帰国した際の足取りは不自然さがなかった。
9月22日に手術した左膝は、劇的に快復したのだろうか。
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2008年12月10日 up
第5回 お気に入りの場所
マンハッタンの日系ホテル「キタノ」で松井に会ったのは、11月下旬の寒い日であった。この日、ニューヨークの最低気温は4度。外を歩くと、顔が冷たくなり、耳たぶが赤くなった。
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2008年11月26日 up
第4回 「WBC」と「日の丸」
松井のあずかり知らぬところで、身辺が騒がしくなっている。第2回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の参加・不参加問題だ。
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2008年11月12日 up
第3回 両膝手術の遠因は東京ドーム?
ヤンキースタジアムが86年の歴史に幕を閉じた翌日の9月22日、松井はニューヨーク市内の病院で、左膝内視鏡手術を受けた。手術は左膝に3カ所の穴を開け、内視鏡、メス、水を流し込む管を注入。約1時間半かけて関節内部の破損した軟骨を取り除くというものだった。
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2008年10月27日 up
第2回 隣人の悲劇
試合前の打撃練習。右へ左へと、松井は常に課題を持って試合前の調整に余念がない。
松井のロッカーは、ヤンキースのクラブハウスを入り、すぐ左手にある。松井のロッカーの右側は、洗面所兼シャワールームの出入口。そのささやかな空間を利用し、番記者たちが松井を取り囲む。球団は、日本人記者が多いことに配慮し、松井のロッカーの場所を決めたのだった。
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2008年10月14日 up
第1回 ヤンキースタジアムの左打席
ヤンキースタジアムが85年の歴史に幕を閉じた日、松井秀喜の会見が始まったのは、日付が変わった9月22日午前1時であった。ゲームが終了したのは21日午後11時半だったが、スタジアム内は多くの関係者が入り乱れ、著しく混乱。クラブハウスはもちろん、通路でも、松井のインタビュースペースを確保できなかったのである。
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