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クラシック音楽のアスリートたち
第4回 フィギュア・スケートとクラシック音楽

 

フィギュア・スケート浅田舞&真央 スケーティング・ミュージック2008-09
EMIミュージック・ジャパン TOCE-56140 2000円(税込)
浅田姉妹が2008~09シーズンに使用した音楽をまとめたCD。≪仮面舞踏会≫~<ワルツ>はノーカットで、真央がショートで使用した≪月の光≫も収録。それにしてもこのジャケット! この2人、ほんとうにスポーツ選手なのかねえ。

クラシックCD人気

昨年大人気となったNHK大河ドラマ『篤姫』は、最後の数回で視聴率30%超えが期待されたが、結局、果たせなかった。裏番組で、フィギュア・スケートの「グランプリファイナル2008」をぶつけられたためである。いまや単なるスポーツ人気を超えて選手たちは芸能人なみの扱いを受け、その放送は確実に視聴率をとれる一大コンテンツにのし上がったのだ。そしてもうひとつ、フィギュア人気に便乗して確実に売り上げを伸ばしているのが、クラシックCDの世界である。

フィギュア・スケートは、音楽に乗って演技が展開する。アイスダンスでは歌詞の入った音楽を使用してもよいが、それ以外(ショート、フリー)は、インストゥルメンタル(歌詞なしの演奏のみ)でなければならない。基本的に流麗・機敏・美を表現するものであるから、自然とクラシック音楽が多く使用される。

以前、伊藤みどりがプロコフィエフの≪シンデレラ≫や、アダン(追加曲ドリゴ)の≪海賊≫を使用していたように、昔のフィギュアの音楽といえば、バレエ音楽が多かった。それが次第に、ロマンティックで流れるような曲想のものが増え、伊藤みどりも、後年は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第1番・第2番や、タンゴなどを使用していた(ちなみに音楽使用料は、主催者がまとめてJASRAC=日本音楽著作権協会に支払うそうである)。

《誰も寝てはならぬ》

だが、近年で、もっとも人口に膾炙したフィギュアの音楽といえば、2006年のトリノ冬季五輪・女子シングルで金メダルを獲得した荒川静香、彼女が使用した≪誰も寝てはならぬ......≫であろう。

これは、プッチーニの遺作オペラ≪トゥーランドット≫第3幕冒頭で、カラフ王子が歌うアリアである。異国の王子カラフが、どこの何者なのか判明するまでは、今宵は北京の市民は誰一人、眠ってはならぬと、お触れが出る。そのお触れの声が遠くの城から聞こえてきて、それを受ける形で王子自身が「ああ......誰も寝てはならぬ、か......。困ったことになったもんだ......」とボヤくアリアである。

このオペラは、プッチーニの未完遺作である。彼は、このアリアにつづく第3幕中間部まで書いて、以後、筆をとることなく亡くなった。一般には、咽頭がんの悪化とされているが、別の理由もよく取り沙汰される。

かつてプッチーニ家に、ドーリアという若い家政婦がいた。たいへん真面目で献身的に使えたのだが、プッチーニの妻に厭われ、徹底的にいじめられ、彼女はノイローゼになって自殺した。≪トゥーランドット≫第3幕は、カラフ王子に仕える奴隷女リューが、王子の幸せのために自らの命を絶つ場面がある。プッチーニは、ここまで書いて筆を止めたのだ。つまり、亡きドーリアの面影とリューの自害の場面が重なって、悲しくて書けなくなったというのだ。未完部分は、弟子が仕上げて、一応完成はしたのだが。

つまり、荒川静香が華麗に舞った≪誰も寝てはならぬ......≫は、悲劇の入り口を象徴する音楽であり、それを知ると、あのイナバウアーも単にウットリと見ていることはできなくなる。

《仮面舞踏会》

2008~09年シーズンでは、浅田真央がフリーで使用した、ハチャトリアンの組曲≪仮面舞踏会≫~<ワルツ>が話題になった。レールモントフの戯曲に付けられた劇付随音楽である(よく誤解されているが、この曲は「バレエ」ではない。あくまで劇伴音楽である)。19世紀のロシア貴族社会を舞台にした悲劇である。なかなか渋いカッコいい曲だが、これまた凄まじい内容で、実はこの曲は「この世とのお別れ」を描いているのである。目の前にあるデザートが毒入りとも知らず、仮面舞踏会から帰ったヒロインのニーナは、いま踊ってきたワルツを回想する。そこで流れるのが、あの真央ちゃんが舞った<ワルツ>なのだ。そして、デザートに手を......。ああ、なんという不吉な音楽。そんな恐ろしい場面の音楽だと、果たして真央ちゃんは知っていたのであろうか。

女子フリーの演技時間は4分。プラスマイナス10秒の増減は認められているが、それをオーバーすると減点1となるらしい。そうなると、クラシック曲を使用する場合、ほぼ間違いなく4分以上あるから、音楽編集をしなければならない。聴いていると、なかなかうまくカット編集されている場合もあるが、時折、原曲を知っていると笑ってしまうようなメチャクチャな編集がある。当然、≪仮面舞踏会≫~<ワルツ>も編集されていた。もしフィギュアの音楽に興味を持ったら、ノーカットの原曲を聴いて、その曲の由来まで知っていただきたい。そうすると、フィギュア・スケートも、また別の楽しみ方ができるだろう。

 (終)

WRITER

富樫鉄火
1958年、東京生まれ。日本大学法学部新聞学科卒業後、会社勤務のかたわら、音楽ライター。専門分野は吹奏楽、クラシックなど。著書に『一音入魂!全日本吹奏楽コンクール名曲名演50』正続(河出書房新社刊、共著)がある。現在、吹奏楽ウェブマガジン「バンドパワー」 http://www.bandpower.net/ で、聞き書き「岩井直溥自伝』を連載中。

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