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指導者の系譜
第2回 山下智茂 花よりも花を咲かせる土になれ

 

指導者生活40年

先頃、朝日新聞出版から出た『週刊・甲子園の夏』(19号)に、読者が選ぶ高校野球「最優秀監督」というアンケート調査の結果が発表された。
それによると、山下智茂(現・星稜高総監督)は堂々のベストテン入り(9位)。1位は蔦文也(池田)、2位は中村順司(PL学園)。甲子園優勝監督が上位を占めるなか、山下の名前は異彩を放った。

なにしろ、春夏の甲子園には24回出場し、準優勝1回、準決勝進出2回を誇るが、全国制覇は一度もない。
にもかかわらず、ベストテン入りをはたしたのは、雪国のハンディキャップを乗り越え、松井秀喜(ヤンキース)、小松辰雄(元中日)など、10人以上のプロ野球選手を育てたからであろう。

今年は、1995年夏の甲子園準優勝投手、山本省吾(星稜ーオリックス)が10勝6敗(防御率3・38)という好成績を残し、プロ入り8年目にして初めて2桁勝利をあげた。

「省吾。我慢やぞ」
山下がシーズンオフに檄を飛ばすシーンを、私は何度も目撃した。

そんな山下にふさわしい言葉がある。
「金を残すは下、事業を残すは中、人を残すは上」

山下は指導者生活40年で、多くの人を残した。野球部卒業生は約600人。教室での教え子は数千人にのぼる。

言葉には、つづきがある。
「感動を残すは特上」

『週刊・甲子園の夏』(18号)では、読者が選ぶ「思い出の名勝負」も発表されたが、1979年夏の星稜対箕島戦が栄えある第1位に選ばれた。

3年前に第一線を退き、現在は総監督という立場だが、山下の日常は判で押したように変わらない。

毎朝5時に起き、坂を上り、星稜高校野球場へ向かう。グラウンドの小石を拾い、草むしりをする。10年ぐらい前からは、グラウンドの周囲で四季折々の花を育てるようになった。
自分に言い聞かせるためである。
(花よりも花を咲かせる土になれ)
朝日が昇ると、グラウンドに水を撒く。そして、坂を下り、自宅に戻る。
山下の家は、野球場のライト側後方にあった。

松井秀喜との出会い

山下監督松井3年、夏の甲子園。対明徳義塾戦、五打席連続敬遠され物議を醸したが、山下・松井の師弟ともこれを冷静に受け止めた。

1990年春、家の屋根瓦を直撃する打者が現れた。打球は雪に備えた北陸特有の分厚い屋根瓦を砕くほどだった。
松井秀喜である。
山下はこの1年生を大きく育てたいと思い、春から4番を打たせ、将来に備えたが、本塁打を連発したせいで、いつの間にかテングになっていた。

夏の終わりに、ちょっとした事件が起きる。山下が所用で外出し、本田実野球部長が練習を見ているときだった。松井は山下の目が光っていないせいか、キャッチボールにしろ、ボール回しにしろ、気持ちが入っていなかった。

堪忍袋の緒が切れた本田部長は、松井に駆け寄り、声を張り上げた。
「おまえ程度のバッターは、全国にたくさんいるんだぞ! のぼせ上がるな!」

松井は部員の前でお灸を据えられたことがショックだったのだろう。翌日、練習を休んだ。翌々日も、姿が見えなかった。

(きょうも、休みか)

落胆した本田部長が、ふとグラウンドの片隅を見たときである。草むらに突っ伏している大柄な選手を見つけた。松井だった。彼はなんと這いつくばるようにして草むしりをしていた。

それを見た本田部長は、
(あー、こんな指導法があるんだな)
と感激し、涙が出そうになった。

本田部長から事件の一部始終を聞いた山下が、草むしりを命じたのであった。松井が変わったのは、この日からだった。

WRITER

松下茂典
ノンフィクションライター。石川県金沢市出身。明治大学卒。主な著書に『松井秀喜・55の言葉』(東京書籍)、『神様が創った試合』(ベースボール・マガジン社)などがある。

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