勝手に日本サッカー強化委員会
第5回 ガンバ大阪の"善戦"に思う「ショーよりも勝負を!」
大人しかった赤い悪魔
横浜国際総合競技場からJR小机駅へ、家路につくファンたちは興奮の面持ちだった。
無理もない。
マンU5点、ガンバ大阪3点。
クラブワールドカップの準決勝は、8ゴールが乱れ飛ぶ派手なゲームとなったからだ。
「ルーニーとクリロナ、チョーやべえ」
「マンUびびらせてやった」
群衆の中から、いろんな声が聞こえてくる。
ファンだけではない。テレビや新聞は、この夜のガンバを手放しで持ち上げていた。うーむ......。これは僕がおかしいのだろうか。
実をいうと、このゲームに何の感銘も受けなかったのだ。鳥肌も立たなかったし、腰を抜かすような場面もなかった。
"ガンバに遠藤あり"と、存在感を十分に見せつけたが......。
この夜、僕たちが目の当たりにしたマンUは、チャンピオンズリーグやプレミアリーグで見る、獰猛で、スペクタクルなマンUとはまったく別物であった。
90分間、ピッチを所狭しと走りまわり、プレッシャーをかけ続ける勤勉なチームが、ガンバのパス交換を黙って目で追っていた。
多彩な攻めも影を潜めた。ボールを奪っても、ロングパスでロナウドを走らせるだけである。ペナルティエリア周辺に、次々と味方が湧き出すような、波状攻撃は一度も見られなかった。
つまり、嘘みたいに大人しい赤い悪魔だった。
ガンバは勇敢だったが......
おそらく、15分くらいでガンバを見切ってしまったのだ。
彼ら本気を出さないうちにコーナーキックから2点を決め、早々と安全圏に逃げ込んでしまった。
3失点は想定外だろうが、おそらく一度も敗北の恐怖を感じなかったことだろう。
試合後、西野朗監督は次のように語った。
「真っ向から勝負しましたし、ポゼッションでは負けていない」
撃ち合いを挑んだことを、それとなく誇った。
守りに入らず、ガンバらしい攻撃サッカーを貫いたことは、ファンの間でも賞賛の的になっているようだ。
たしかにガンバは勇敢だった。
しかし、その一方でこうもいえる。
守りの文化がないガンバには、撃ち合いを挑むしか選択肢がなかったのだ、と。
オープンな撃ち合いをしてマンUに勝つのは、ほとんど不可能に近い。
いくらガンバが攻撃的といっても、日本の攻撃的と世界の攻撃的とではレベルがまったく違う。
ガンバが10点取るうちに、マンUは20点取ってしまうだろう。実際、ガンバは3点も奪ったが、5点を失ってしまった。
つまり、ガンバとマンUの一戦は喩えると、こういうものであった。
地域リーグで攻撃的とされるチームが、J1上位の攻撃的なチームに、真っ向から撃ち合いを挑んだとしたら――。
だれの目にも、結果は明らかだろう。
正々堂々と勝負を挑み、自らのいいところを見せつけて敗れ去る。
ガンバは美しい敗者に見えるかもしれない。
だが、厳しいかもしれないが、世間知らずの理想主義者のように僕には見えた。
日本サッカー界には、悪い意味で「攻撃サッカーこそ素晴らしい」という考え方が蔓延している。
日本人の口にする「攻撃的」という言葉には、いつでも自分たちのやりたいことをやればいい、という傲慢さが感じられる。
プロフェッショナル
サッカーは自分たちだけでやるものではない。
対戦相手との力関係によって、やるべきことが決まってくる。対戦相手が強大であれば、地味な力仕事はもちろん、汚い仕事に手を染めなければならない。それができてこそのプロフェッショナルだ。
タフな試合になれば、マンUであっても一人ひとりが兵隊と化し、死に物狂いでボールを追う。荒々しいタックルを繰り出すし、レフェリーの死角で駆け引きをする。
攻撃的と呼ばれるチームでも、天才と呼ばれるプレイヤーでも、必要とあれば汚いプレーを実践しているのだ。
これは海外ではたしなみのようなものであり、ガンバに限らず日本サッカー界にもっとも欠けている文脈だろう。
8ゴールが乱れ飛んだマンUとガンバとの戦いは、「ショーとしては成立したが、まったく勝負にならない」ゲームだった。
これを日本中で大絶賛していたら、いつまでも世界で勝つことはできないだろう。
ショーにならなくても、手に汗握る際どい勝負を。
ゴールは少なくていいから、僕はそちらの方が見たい。
(終)
WRITER
- 熊崎敬
- 1971年生まれ、岐阜県出身。8年間、サッカー専門誌に勤め、その後、フリーライターに。唯一の著書『熊さんのゴール裏で日向ぼっこ』が絶賛在庫中だ。父の影響を受け、幼少期から日本ハムファイターズを応援している。
MONTHLY SHOOTING
『実力の坂田』 Home Sweet Home
[08/12/24]
『高陽経由バンクーバー行』 真央のハッピーフライト
[08/12/10]
『メッセンジャー』感謝。そして
[08/11.26]
TOPICS
特集
“新連載”REMEMBER THE ATHLETE 第1回『井手川直樹(マウンテンバイク・ダウンヒル)』 黒井克行[09/01/14] 『やっとつかんだ夢の舞台―拓殖大学、4年ぶりの箱根路(後編)』 矢沢彰吾[09/01/14] 『「悪の帝国」ヤンキースが'09年に本領発揮か?』 杉浦大介[09/01/14]
『女子スキージャンプ 山田いずみ』 松原孝臣[09/01/14] 短期集中連載『遥かなるクーパースタウン(下)』 松下茂典[09/01/14] 『三流騎手が一流調教師になった日』 鈴木 亨[09/01/14]
『スポーツ余話 オシムの言葉力』 田 誠[09/01/14] 『日本人初! NFL選手誕生なるか?(前編)』 岡本英司[09/01/14] 『アメリカ軍大学 ペンか剣か、それともスポーツか』 小川直樹[09/01/14]
『FROM 12・31 TO12・31~青木真也と川尻達也が見せた誇り~』 尾崎将司[09/01/14]
連載コラム
アスリート列伝 凄い奴がいた 第7回『青い稲妻・松本匡史』 石山建一[09/01/14] 六さんの一刀両断! 第7回『上原 甦るかフォーク』 六車 護[09/01/14] 松井ニューヨーク物語 第7回『09年松井のバット、そしてHRへのこだわり』 松下茂典[09/01/14]
勝手にサッカー委員会 第6回『“常勝軍団”鹿島に見る伝統を継承する力』 熊崎 敬[09/01/14] クラシック音楽のアスリートたち 第4回『フィギュア・スケートとクラシック音楽』 富樫鉄火[09/01/14] 指導者の系譜 第3回「フレディ・ローチ 現代最高のトレーナー」 杉浦大介[09/01/14]





![WEB AthleteBank[アスリートバンク]](/images/foot_logo.jpg)