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クラシック音楽のアスリートたち
第2回 東京オリンピックと黛敏郎

 

いよいよ2009年10月のIOC(国際オリンピック委員会)総会で、2016年オリンピックの開催都市が決定する。これに東京が立候補しており、すでにさかんな誘致活動が行われていることは、すでにご承知のとおりである。

2016 年のオリンピックが東京で開催されることに関しては、賛否両論あるようだが、私のようなオジサン世代にとっては「東京オリンピック」といえば「1964」である。これ以上のオリンピックは、あとにも先にもない。東京が、いや日本中が、このときほど一つにまとまった期間はなかった。まさに東京は、1964年 10月、「夢を見た」のである。あの「夢」を壊してほしくないばかりに、私などは、2016年のオリンピックが東京で開催されようがされまいが、どうでもいいような気になっている。

あの年、私は、小学校入学を控えた幼稚園児だった。その日、開会式当日は、恐ろしいほどの秋晴れだった。その青一色をバックに、航空自衛隊のアクロバット飛行チーム「ブルー・インパルス」が、飛行機雲で五輪を描いた。当時は、いまのようにバカ高い建物なんてなかったから、東京中から、この五輪が見えた。子供心に、こんな美しいものがあるのかと驚いた。幼稚園総出で、日の丸の旗をもって青梅街道に聖火ランナーを応援に行ったことも、、如実に覚えている。

このような記憶を、おそらく、当時東京にいたひとのほとんどが抱いているであろう。だが、記憶が鮮明なのは、ある「映画」のおかげでもある。市川崑監督、翌1965年公開の記録映画『東京オリンピック』である。記録映画としても、また、スポーツ・ドキュメント映像としても歴史に残る、ウルトラ級の名作だ

いま、私の手許に、1963年7月に東京都オリンピック準備局が発行した『オリンピック準備局事業概要』なる報告書がある。翌年に迫った東京オリンピック本番に向けて、準備の途中経過をまとめたものだ。この中に、1963年版「オリンピック憲章」が載っている。その第49条(広報)の後半に、こうある。

<大会組織委員会は、少なくとも各種目の決勝を撮影した完全な映画によって、競技大会の全体が永久に記録されるよう、必要な処置を講じなければならない>

映画『東京オリンピック』は、この憲章にもとづいてつくられた。

ところがこの映画は、完成後、大騒ぎとなった。てっきり、憲章にあるように「各種目の決勝を撮影」したもので、「どの競技で誰が優勝したか」がわかる「記録」映像だと思っていたのに、そうではなかったのだ。何しろ冒頭が、首都高速をはじめとする東京都内の工事現場から始まるのだ。そのほか、緊張に震える選手の表情のクローズアップ、マラソンで脱落する選手の姿、開会式で足許に飛んできた鳩を追う役員......いったい、どこの国の何という名前の選手なのか、それが勝ったのか負けたのか、いっこうに説明されないのだ。日本の女子バレーが金メダルを獲得した瞬間は、大松博文監督、通称「鬼の大松」の、嬉しいような悲しいような不思議な表情を、執拗にカメラが追う異様さである。

このため、国会で「これでは誰が勝ったのか、わからない」と問題になり、「この映画は芸術か、記録か」との論争が巻き起こった。

しかし、これほどすばらしい映像はなかった。市川崑監督が描いたのは、第2次世界大戦の終戦から20年弱、あのとき戦った世界各国のひとびとが、戦後復興を成し遂げた日本に集まった、そのことの意義を、勝ち負けを超越した人間讃歌ととらえたのである。そのために、いわゆる「やらせ映像」も、堂々と使用された。富士山の前を横切る聖火ランナー、黒地の背景の前で優雅に舞うベラ・チャスラフスカ(チェコ、体操)の場面などは、あとから撮影された「別映像」である。つまりこの映画は「記録映画」ではなくて、実在の素材をもとに新たにつくられた「人間コラージュ」なのである。

この映画に音楽を書いたのが、黛敏郎(1929~97)である。戦後すぐ、東京藝術大学作曲科の研究科(現在の大学院)を卒業後、パリ国立音楽院に留学したものの「ここに学ぶものなし」とすぐに帰ってきた天才肌の作曲家だ。

このころの黛は、ジャズや前衛音楽はもちろん、映画音楽までこなすほか、アメリカでも作品が演奏され、世界中で絶賛を浴びる、日本を代表する若手作曲家だった。

東京オリンピックと黛敏郎オリジナル・サウンド・トラックCD『東京オリンピック』黛敏郎(東宝ミュージ ック)2650円(税込)
黛敏郎の音楽を未使用トラックまでを収録した完全版。11月に発売されたばか りの新作。従来のスポーツ映像音楽のイメージを覆した画期的な音楽集。

映画『東京オリンピック』の音楽は、まさに黛絶頂期の名作のひとつだが、全編を、不思議な旋律が彩っている。どこか懐かしいような、いかにも「日本」を思わせる素朴なメロディである。これは、黛自身がかつて東北地方で聞き覚えた、子守唄の旋律らしい。スポーツ映像には勇壮な音楽とのイメージを覆す、画期的な音楽であった。そのほか、自転車競技の場面に流れるジャズ、マラソン後半でアベベが独走態勢に入るシーンの音楽の素晴らしさには総毛立つであろう。

東京オリンピックと黛敏郎映画『東京オリンピック』DVD(東宝) 6300円(税込) オリジナル版と、後年、市川崑監督自ら再編集したディレクターズ・カット版 の2ヴァージョンが収録されている。オリンピックに、いや、スポーツ映像に興味 があるなら必見の映画である。

最近、この音楽が、完全版サウンドトラックCDとなって発売された。過去、LPで発売されていたときには入っていなかった未使用トラックや、海外版用トラックなども入っている。公開されたものは、エンド・クレジットの音楽が、古関裕而作曲の≪オリンピック・マーチ≫(開会式の入場行進で演奏された名曲)だったが、実は、黛は、オリジナルのクロージング・テーマを書いていた。ボーナス・トラックとして、それも収録されている。黛らしい、モダンでカッコいい曲だ。

映画『東京オリンピック』を観るたびに、「こんな素晴らしいオリンピックは、もう二度とないだろう」と、あらためて思うと同時に、黛敏郎のような、スポーツ映像に子守唄を流す作曲家も、もう出ないだろうなと、いささか複雑な気分になる。

(終)

WRITER

富樫鉄火
1958年、東京生まれ。日本大学法学部新聞学科卒業後、会社勤務のかたわら、音楽ライター。専門分野は吹奏楽、クラシックなど。著書に『一音入魂!全日本吹奏楽コンクール名曲名演50』正続(河出書房新社刊、共著)がある。現在、吹奏楽ウェブマガジン「バンドパワー」 http://www.bandpower.net/ で、聞き書き「岩井直溥自伝』を連載中。

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