ゴジラ松井、ニューヨーク物語
第5回 お気に入りの場所
「キタノ」地下1階にある日本料理店『白梅』。本格的な 懐石料理だけでなく、松井お気に入りのコーヒーにも定評がある。
日系ホテル「キタノ」
マンハッタンの日系ホテル「キタノ」で松井に会ったのは、11月下旬の寒い日であった。この日、ニューヨークの最低気温は4度。外を歩くと、顔が冷たくなり、耳たぶが赤くなった。
松井はコートの襟を立て、白い息を吐きながら、ロビーに姿を現した。
9月22日に左膝内視鏡手術をし、3カ月が経過していたが、まだ足を引きずっていた。地下1階の日本料理店「白梅」に向かう際、階段を下りたが、一歩ずつ慎重な姿勢を崩さなかった。
個室「富士」は畳敷きの八畳間で、掘り炬燵なのが、いかにも日系ホテルらしかった。
松井は腰を下ろすと、両手をこすり合わせた。
「ここ2、3日ですよ。ニューヨークがこんなに寒くなったのは」
マンハッタンのミッドタウンに位置する「キタノ」。ホテルの後方にニューヨークの象徴でもあるエンパイアステートビルのピークがのぞく。
そう言って、コーヒーを注文した。
ここは松井のお気に入りの場所だった。本格的な懐石料理が食べられるニューヨークで唯一の店であり、なおかつコーヒーがうまいという定評があった。
松井は大のコーヒー党で、自ら専門店に出向き、ブルーマウンテン、モカ、キリマンジャロなどの豆を買い、自宅でミルを使って挽き、香りを楽しみながらコーヒーを入れるという本格派だった。
「もう一杯いただけますか」
熱いコーヒーを10分もしないうちに飲み干すと、松井は2杯目を注文した。
韓国料理店「ガン・ミ・オク」
このホテルは東38丁目にあるが、6ブロック下った西32丁目には、行きつけのレストランがある。「ガン・ミ・オク」という24時間営業の韓国料理店だ。
ここの人気メニューは「ソルロンタン」。牛の骨をじっくり煮込んだ白いスープに、お米とヌードルを加え、炊きあげた一品だ。これに、好みに応じてネギを入れ、適量の塩をふる。
「一度食べたら、病みつきになる味です」
松井は笑顔でいう。
私も何度か試したが、薄味で、癖がなく、上品な味わいだ。脂っぽく、なおかつ甘いアメリカ流の味付けに閉口したら、この店へ行くことを勧めたい。胃の調子が良くなることを保証する。
ヤンキースに入団した2003年には、番記者から「松井に取材したかったら『ガン・ミ・オク』に行くといい」といわれたほど、松井が足繁く通ったレストランだ。
ちなみに、この2階にはホテルのバーがある。コリアンタウンのど真ん中だけあって、カウンターの中は韓国美女がひしめいている。アメリカ人はビールの小瓶をグラスに注がない。そのまま口を付けて飲むのがアメリカンスタイルだ。瓶を舐めながら、英語、韓国語、日本語をチャンポンにしての会話が楽しい。
広いステージがあり、ギターの弾き語りがいて、「冬のソナタ」などを聞かせてくれる。客の注文があれば、いつでもカラオケ店に変身するところは、日本式といっていいかもしれない。
このバーで松井に会ったことはないが、ヤンキースの広報担当とバッタリ顔を合わせたことがある。お互い赤面したのはいうまでもない。
アジアンテイスト
松井によると、ニューヨークに限らず、アメリカはアジア料理が美味だという。
「最初は日本食の店にばかり行っていましたが、慣れてくると、中途半端な日本料理より、アジア料理のほうがうまいことが分かりました。ですから、韓国料理、中国料理、インド料理、タイ料理など、アジア料理の店を順番に回っています」
今春、フロリダ州タンパで取材したのは、レジェンズフィールド近くのタイ料理レストラン「タイテラス」。このとき、松井が注文したのが「CHIANGMAI NOODLE SOUP(チェンマイ・ヌードル・スープ)」。
タイ北部の都市、チェンマイに伝わる、麺が入ったカレー味のスープだ。ココナッツ味のカレースープに、2種類の麺(揚げたものと茹でたもの)のほか、もやし、ニンジン、ベビーコーン、マッシュルーム、ブロッコリー、オニオンなど、野菜が盛りだくさん。いかにも松井の好みらしいヘルシーメニューだった。私も食べてみたが、カレーとラーメンをいっしょに味わっているような不思議な感覚の一品だった。
松井が2杯目のコーヒーを飲み干したころ、「結婚後、食生活は変わりましたか」と聞いてみたが、独身時代と少しも変わらなかった。
「手料理は野菜中心です。野菜の煮付けとか、野菜サラダとか。膝を手術しましたから、太らないよう気を付けているんですよ(笑)」
(終)
WRITER
- 松下茂典
- ノンフィクションライター。石川県金沢市出身。明治大学卒。主な著書に『松井秀喜・55の言葉』(東京書籍)、『神様が創った試合』(ベースボール・マガジン社)などがある。
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