アスリート列伝 凄い奴がいた
第5回 渡辺泰輔
慶應に怪物誕生
11月4日、高校野球の秋季関東大会で慶応高校が49年振りに優勝した。当時のエースは東京六大学で初の完全試合を記録した渡辺泰輔(元・南海ホークス)であった。
かつて関東には、"怪物"と騒がれた3人の投手がいた。渡辺泰輔(慶応高校)、江川卓(作新学院)、松坂大輔(横浜高校)である。いずれも甲子園大会に出場して大活躍、プロでも存在感を示した。
完全試合の偉業に"怪物"が笑った。マウンドを下りればただの慶應ボーイ。
初代の怪物は慶応高校の渡辺泰輔。渡辺は九州の直方中学出身。中学時代の渡辺のピッチングを一目見て、その素質に惚れ込んだ慶応OBの八幡製鉄・加藤喜作監督(故人)は、母校に入れたかった。「君は九州でやる人間ではない。君の力だったらもっと注目される中央球界の関東でやるべきだ」と渡辺を説得した。
中学生の渡辺は慶応高校の練習に参加して関係者の前でピッチングを披露することになった。
その投球を見ていた慶応大学の稲葉誠治監督(故人)は、「これで塾は強くなる!」と大喜びした。「監督、渡辺はまだ中学生ですよ」あまりの器の大きさの前に稲葉監督は早とちりしてしまったのだ。「体が大きくてとても中学生には見えなかった。てっきり高校生だと思っていた。球にスピードがあり、中学生の投げる球とは思えなかった」
慶応高校に入学した渡辺投手は1959年(昭和34年)、2年生秋の関東大会。銚子商業戦で 21三振、次の大宮高校戦で20三振、決勝戦の甲府一校戦では12三振を取り、3試合で53三振を奪取し優勝した。「慶応高校に渡辺あり!」と一躍知れ渡り、脚光を浴びるようになった。
私は、渡辺投手と同学年であるが、私のいた静岡高校とオープン戦で対戦したことがある。今まで見たこともない、初めて体験する豪速球に度肝を抜かれたことを鮮明におぼえている。
1960年(昭和35年)選抜甲子園に出場した渡辺は三振の山を築き、超高校級の豪腕としてその名を全国に轟かせた。慶応高校は、鹿児島商高、東邦高校を破ったが、準々決勝で秋田商業校に延長11回1-2で敗れた。
WRITER
- 石山健一
- 1942年静岡市生まれ。高校3年時、夏の甲子園で準優勝しベストナインに選ばれる。早大、日本石油(現・新日本石油)でも活躍を続け、74年早大の監督に就任。80年プリンスホテル監督、そして89年全日本の監督も務め、95年(~99)長嶋監督の招きで巨人に入団し、編成部長等を務める。現在、アマチュア野球チームの指導と講演活動で全国を飛び回る。
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